
▼この記事でわかること
・他人物売買の基本
・全部他人物売買
・一部他人物売買
・数量指示売買(数量不足、物の一部滅失)
・売主の義務(旧:担保責任)まとめ~請求可否一覧
(上記クリックorタップでジャンプします)
今回はこれらの事について、その内容、意味、結論、理由など、わかりやすく学習できますよう解説して参ります。

売主の担保責任
他人物売買の基本
売買契約は契約の基本です。
コンビニでパンを買うのも売買契約です。
ここで一度、売買の基本について触れておきます。
売買契約は「買います」「売ります」で成立する諾成契約で、買主には代金支払い債務(代金を支払う義務)、売主には目的物の引渡し債務(売った物を引き渡す義務)、つまり、契約当事者双方に債務が生じる双務契約です。
そして、この売買というものについての民法の条文はこちらです。
(売買)
民法555条
売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。
この民法555条条文ではなんだか小難しく書いていますので、しっかり読まなくても結構です。
ポイントだけ押さえます。
ポイントは「ある財産権」という部分です。
「自分の財産権」とは書いていませんよね?
これはつまり、他人の財産権も売買していいという意味も含んでいます。
すなわち、他人の物も売買していいのです。
例えば、このようなことも有効です。
事例
売主AはB所有の甲不動産を買主Cに売却した
売却
売主A → 買主C
甲不動産
(B所有)
このような売買も有効です。
所有権はどうなる?

ここが気になるところですよね。
事例の段階では、甲不動産の所有権はまだBにあります。
しかし、甲不動産の売買契約を結んだのはAとCであり、その売買契約によって生じる債権債務も、あくまでAとCだけです。
どゆこと?
これはAとCが甲不動産の売買契約によって負う債務を考えればわかります。
まず、Cが負う債務は売買代金支払い債務です。
これは簡単ですね。
では、Aが負う債務はなんなのでしょう?
Aが負う債務は、B所有の甲不動産の所有権を自ら取得してその所有権をCに移転する債務、です。
実は、この他人物売買については、民法555条以外に条文があります。
(他人の権利の売買における売主の義務)
民法561条
他人の権利(権利の一部が他人に属する場合におけるその権利の一部を含む。)を売買の目的としたときは、売主は、その権利を取得して買主に移転する義務を負う。
この民法561条で、まさに事例でAが負う債務を説明してますよね。
肝心の事例の甲不動産の所有権の行方ですが、Aが甲不動産の所有権を取得したと同時にその所有権がCに移転します。
現実には甲不動産の登記手続きを経て行うので「B→A、A→C」と所有権が移転します。
なので実際は(対抗要件を備えた形で)完全に同時に移転という訳にはいきませんが、法的な理屈上は同時に移転という事になります。
ですので、まずはこの法的な理屈を覚えておいてください。
【登記の移転についての補足】
AはB所有の甲不動産の所有権を自ら取得した上でCに移転するので、現実の登記移転手続きを経た所有権は「B→A→C」と移転することになります。
ん?Aはすっ飛ばしてB→Cってやっちゃった方が早くね?
はい。そのとおりです。
Aを省いて「B→C」と登記を移転させることを中間省略登記といいます。
そして、中間省略登記は違法とされていますが、これはちょっとグレーな問題でもあるので、当サイトではこれ以上は触れるのは控えさせていただきます。
とにかくまずは、ここまで解説してきた法的な理屈を覚えていただければと存じます。
全部他人物売買
それでは、こちらの事例をご覧ください。
事例1
売主Aは買主Cと甲不動産の売買契約を締結した。しかし、甲不動産はB所有の物で、売主AはBから所有権を取得してCに移転するつもりだったが、それができなかった。
この事例1は、他人物売買がうまくいかなかったパターンですね。
売買契約
売主A ― 買主C
甲不動産
(B所有)
↑
A取得できず...
さて、この場合に、買主Cは何ができるでしょうか?
実は、それはAが善意か悪意かで、できることが変わってきます。
・買主Cが善意の場合
Cが善意というのは「甲不動産が本当はB所有の物とは知らず売主Aの物だと誤信していた(誤って信じていた)」という意味です。
この場合は、買主Cの保護の必要性が高いと考えられ、Cは契約の解除ができ、加えて損害賠償の請求もできます。
・買主Cが悪意の場合
Cが悪意というのは「甲不動産がB所有の物だと知っていた」という意味です。
この場合、Cは契約の解除ができます。
悪意なのに?という声が聞こえてきそうですが、次のように考えるとよくわかるでしょう。
「売主Aは不動産業者で、買主Cは不動産業者のAにB所有の甲不動産の転売を依頼したクライアント」
売買契約
不動産業者A ― クライアントC
甲不動産
(B所有)
↑
A取得できず...
このように考えると「ありそうなハナシじゃん」となりますよね。
よって、買主Cは悪意でも契約の解除ができるという訳です。
しかし、損害賠償の請求はできません。
そこまでの権利は、悪意の買主Cには認められません。
なぜなら、そもそも買主C(クライアントC)が甲不動産をB所有の物だと知っていたなら、少なからずCにも、その所有権移転が失敗する可能性は予測できると考えられるからです。
妥当な理屈ですよね。

ここまで、おわかりになっていただけましたでしょうか。
ここからさらに深く掘り下げて参ります。
売主からの解除はできるのか
実は、売主Aからの解除も可能です。
ただし!
売主Aが善意の場合のみです。
売主Aが善意の場合とは、甲不動産がB所有ではなくA所有だと誤信していたケースです。
売買契約
売主A ― 買主C
甲不動産
(B所有)
↑
A所有だと誤信
つまり、AがB所有の甲不動産を自分が所有していると誤って信じていたケースです。
どんなケースやねんそれ!
ツッコミたくなりますよね(笑)。
正直言ってAは善意というよりただのマヌケという気もしますが...とにかく、売主Aが善意であれば、売主側からの解除も可能ということです。
ただし!
その場合も、買主Cが善意であれば、売主Aは善意のCに損害を賠償した上で解除する必要があります。
なお、買主Cが悪意の場合は、売主Aは損害の賠償ナシで解除できます。
売主Aに過失があった場合は?
例えば、こんな場合はどうでしょう。
売主Aが「B所有の甲不動産の所有権、確実に移転できます!」と、買主Cに大見栄を切っていたら?
このような場合、買主Cは悪意(甲不動産がB所有という事情を知っている)ではありますが「それなら甲不動産の所有権の取得は大丈夫だな」と、売主Aを信頼しますよね。
判例では、その信頼は保護すべきだとして、買主に売主の債務不履行による損害賠償の請求を認めています。
このような場合においての結論も、覚えておいていただければと存じます。
補足
不動産業者(宅地建物取引業者)が自ら売主となる他人物売買は、宅地建物取引業法により制限されています。
ただし、不動産業者が、売ろうとする他人物を確実に取得する旨の別の契約または予約(効力発生について条件付きのものを除く)を締結しているときには、他人物売買は禁止されていません。
なお、不動産業者同士の他人物売買については、制限はありません。
この点はご注意ください。
一部他人物売買
続いては一部他人物売買のケースを解説します。
事例2
売主Aは買主Cと甲土地の売買契約を締結した。しかし、甲土地はAとBの共有の土地で、売主AはBから持分権を取得できなかった。
これは一部他人物売買の事例です。
ちなみに、甲土地がAとCの共有という意味は、甲土地の所有権をAとCで共有しているという意味です。
売買契約
売主A ― 買主C
甲土地
(AB共有)
現実には、それぞれの持分の割合を決め、共有の登記をします。
そして、それぞれの持分の権利を持分権といいます。
実際によくあるのが、AとBが兄弟で親の土地を相続した、というケースです。
共有や相続に関しましてはまた改めてご説明いたします。
(共有についての詳しい解説は「【共有】持分権とは/共有物の使用方法&変更&管理&保存について/解除権の不可分性の例外とは/持分権の主張、共有物の明渡し請求等をわかりやすく解説!」をご覧ください)
話を事例に戻します。
この事例2で、買主Cは何ができるでしょうか?
この一部他人物売買でも、全部他人物売買と同様、買主Cが善意か悪意かによって、できることが変わってきます。
・買主Cが善意の場合
Cが善意というのは、つまり「甲土地の一部が他人の物とは知らず甲土地全てが売主Aの物だと誤信していた」という意味です。
この場合は、買主Cの保護の必要性が高いと考えられ、Aの持分だけでは買主Cは甲土地を買い受けることはなかったときは、つまり「Aの持分だけ?それだったらいらねーよ」となっていたときは、契約の解除ができます。
くわえて、損害が発生していれば損害賠償請求も可能です。
また、Aの持分の割合に応じた代金減額請求は当然に可能です。
なお、2020年4月施行の民法改正により履行の追完請求も可能になりました。
履行の追完請求とは、要するに買主が売主に対して「足りない部分(不備)をなんとかしろ(是正しろ)」と請求することです。
・買主Cが悪意の場合
Cが悪意というのは、つまり「甲土地の一部が他人の物と知っていた」という意味です。
この場合、買主CはBの持分を取得できない可能性も想定した上で行動すべきと考えられます。
よって悪意の買主Bは、契約の解除も損害賠償の請求もできません。
しかし、代金減額請求だけは認められています。
なぜなら、このような取引も現実に珍しい訳ではないからです。
例えば、兄弟のAとBが甲土地を共同相続して、売主Aが「Bはオレが説得する」と買主Cに言ってるようなケースです。
ですので、買主が悪意でも代金減額請求だけは認められているのです。
買主Cの解除権
及び損害賠償請求権
及び代金減額請求権
及び追完請求権の行使には期間の制限がある
買主Cは、善意であれば解除、損害賠償請求、代金減額請求、履行の追完請求ができます。
悪意の場合は、代金減額請求のみできます。
ただし!
一部他人物売買においては、上記の買主の権利の行使には、期間の制限があります。
なぜなら、権利の行使に期間制限がないと、第三者を巻き込んでいつまでも権利関係がごちゃごちゃしてしまいかねないからです。
それを民法は嫌うからです。
そして、この権利の行使の期間の制限も、善意と悪意で異なります。
・買主Cが善意の場合
甲土地の一部が他人(A以外)の物だという事実を知った時から1年以内に通知
「1年以内の通知」の意味は、1年以内に相手方へ通知(お知らせ)して、本格的な請求はその後でもOKということ。
ただ、最低限通知はしておかないとその後の請求もできなくなってしまう(請求する権利が無くなってしまう)。
・買主Bが悪意の場合
甲土地の売買契約を締結した時から1年
このようになります。
同じ1年でも、その起算点(期間の計算のスタート地点)が違いますので、ご注意ください。
こういう部分は試験でもよく問われます。
ちなみに、全部他人物売買においては、上記のような買主の権利の行使の期間の制限はありません。
これも併せて覚えておいてください。
数量指示売買(数量不足、物の一部滅失)
事例3
売主Aは甲土地を買主Bに売却した。売買代金は登記簿上の地積に坪単価を掛けて算出した。しかし、甲土地を実測すると登記簿上の地積には足りなかった。
これはどういう事例かというと、こういうことです。
「Aが売った土地の面積が、Bが買ってから実際に測ってみたら、登記簿に記されていた面積よりも少なかった」
登記簿(登記事項証明書)には面積が記されています。
しかし、実測してみると(実際測ってみると)登記簿と違うことがあります。
まさに、この事例ではそれが起こったという訳です。
さて、ではこの事例3で、買主Bは何ができるでしょうか?
・買主Bが善意の場合
善意の買主Bは「残存する部分のみであれば買主がこれを買い受けなかったとき」、つまり、登記簿上よりも少ない実測した実際の甲土地の面積(部分のみ)では買主Bは買い受けなかったであろうときは、契約の解除ができます。
くわえて、損害が発生していれば損害賠償の請求も可能です。
また、代金減額請求は当然に可能で、履行の追完請求も可能です。
・買主Bが悪意の場合
民法は、買主が目的物の数量が不足しているのを知りながら契約をするのは通常ありえないと考えます。
ですので、この場合の条文は存在しません。
そんな条文まで作っていたらキリがなくなってしまいますからね。
したがって、この場合は原則何もできないと思っておいて結構です。(現実には個別具体的な判断になると思われます)
という訳で、買主Bは善意の場合に限り、上記のような権利を行使できます。
ただし!
その権利の行使には期間の制限があります。
事実を知ってから1年以内の通知です。
あんまり時間が経ってから「数量が足りない!」だなんて揉められても、事実関係が不明瞭になりがちですし、裁判所も困ります。
よって、事実を知ってから1年以内の通知という期間制限を設けています。

以上、まとめるとこうなります。
「買主Bは善意の場合に限り、残存する部分のみであればこれ(甲土地)を買い受けなかったときには契約の解除ができ、損害が発生していれば損害賠償の請求も可能。
また、代金減額請求は当然にできるし、履行の追完請求も可能。
ただし、善意の買主Bのそれらの権利の行使は、甲土地の面積が登記簿上より実際は足りなかった、という事実を知ってから1年以内の通知で行わなければならない」
ところで、事例3でご説明した内容は「売買の目的物の数量が不足していたとき」の話です。
ではこれが「売買の目的物の数量が多すぎたとき」にはどうでしょう?
このときに、売主からの代金減額請求は可能でしょうか?
結論。
売主からの代金減額請求はできません。
これは、判例でそのように結論づけられています。
売主がおっちょこちょいだった、で終わってしまうということです。
売主の義務(旧:担保責任)まとめ
~請求可否一覧~
初めて学習された方は頭がごちゃごちゃになったかもしれません。
私もそうでした。
ですので、最後に要件と結論の部分だけをまとめておきます。
全部他人物売買契約
【買主が善意のとき】
契約の解除◯
損害賠償の請求◯
権利行使期間→規定なし
【買主が悪意のとき】
契約の解除◯
損害賠償の請求×
権利行使期間→規定なし
売主に過失があるときのみ損害賠償の請求◯
【売主からの解除】
売主が善意のときのみ◯
買主が善意のときは買主に損害を賠償した上で◯
一部他人物売買
【買主が善意のとき】
売主持分だけではこれを買い受けなかったとき契約の解除〇
損害が発生していれば損害賠償の請求〇
代金減額請求〇
履行の追完請求〇
権利行使期間→事実を知った時から1年以内の通知
【買主が悪意のとき】
契約の解除×
損害賠償の請求×
代金減額請求〇
履行の追完請求×
権利行使期間→契約の時から1年以内の通知
数量指示売買(数量不足、物の一部滅失)
【買主が善意のとき】
残存する部分のみであればこれを買い受けなかったとき契約の解除〇
損害が発生していれば損害賠償の請求〇
代金減額請求〇
履行の追完請求〇
権利行使期間→事実を知った時から1年以内の通知
【買主が悪意のとき】
規定なし
このようになります。
いかがでしたでしょうか。
頭がごちゃごちゃになってしまっている方もいらっしゃると思います。
まる暗記できるならそれで良いですが、中々それも難しいので、全てのケースを一辺に考えようとせず、ひとつひとつ理解・整理しながら考えて覚えていってみてください。
というわけで、今回は以上になります。
宅建試験や行政書士試験や公務員試験などの民法の学習、独学、勉強、理解の助力としていただければ幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございます。
⇒⇒LECで宅建試験・行政書士試験・公務員試験の合格講座&テキストを探す!
・他人物売買の基本
・全部他人物売買
・一部他人物売買
・数量指示売買(数量不足、物の一部滅失)
・売主の義務(旧:担保責任)まとめ~請求可否一覧
(上記クリックorタップでジャンプします)
今回はこれらの事について、その内容、意味、結論、理由など、わかりやすく学習できますよう解説して参ります。

売主の担保責任
他人物売買の基本
売買契約は契約の基本です。
コンビニでパンを買うのも売買契約です。
ここで一度、売買の基本について触れておきます。
売買契約は「買います」「売ります」で成立する諾成契約で、買主には代金支払い債務(代金を支払う義務)、売主には目的物の引渡し債務(売った物を引き渡す義務)、つまり、契約当事者双方に債務が生じる双務契約です。
そして、この売買というものについての民法の条文はこちらです。
(売買)
民法555条
売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。
この民法555条条文ではなんだか小難しく書いていますので、しっかり読まなくても結構です。
ポイントだけ押さえます。
ポイントは「ある財産権」という部分です。
「自分の財産権」とは書いていませんよね?
これはつまり、他人の財産権も売買していいという意味も含んでいます。
すなわち、他人の物も売買していいのです。
例えば、このようなことも有効です。
事例
売主AはB所有の甲不動産を買主Cに売却した
売却
売主A → 買主C
甲不動産
(B所有)
このような売買も有効です。
所有権はどうなる?

ここが気になるところですよね。
事例の段階では、甲不動産の所有権はまだBにあります。
しかし、甲不動産の売買契約を結んだのはAとCであり、その売買契約によって生じる債権債務も、あくまでAとCだけです。
どゆこと?
これはAとCが甲不動産の売買契約によって負う債務を考えればわかります。
まず、Cが負う債務は売買代金支払い債務です。
これは簡単ですね。
では、Aが負う債務はなんなのでしょう?
Aが負う債務は、B所有の甲不動産の所有権を自ら取得してその所有権をCに移転する債務、です。
実は、この他人物売買については、民法555条以外に条文があります。
(他人の権利の売買における売主の義務)
民法561条
他人の権利(権利の一部が他人に属する場合におけるその権利の一部を含む。)を売買の目的としたときは、売主は、その権利を取得して買主に移転する義務を負う。
この民法561条で、まさに事例でAが負う債務を説明してますよね。
肝心の事例の甲不動産の所有権の行方ですが、Aが甲不動産の所有権を取得したと同時にその所有権がCに移転します。
現実には甲不動産の登記手続きを経て行うので「B→A、A→C」と所有権が移転します。
なので実際は(対抗要件を備えた形で)完全に同時に移転という訳にはいきませんが、法的な理屈上は同時に移転という事になります。
ですので、まずはこの法的な理屈を覚えておいてください。
【登記の移転についての補足】
AはB所有の甲不動産の所有権を自ら取得した上でCに移転するので、現実の登記移転手続きを経た所有権は「B→A→C」と移転することになります。
ん?Aはすっ飛ばしてB→Cってやっちゃった方が早くね?
はい。そのとおりです。
Aを省いて「B→C」と登記を移転させることを中間省略登記といいます。
そして、中間省略登記は違法とされていますが、これはちょっとグレーな問題でもあるので、当サイトではこれ以上は触れるのは控えさせていただきます。
とにかくまずは、ここまで解説してきた法的な理屈を覚えていただければと存じます。
全部他人物売買
それでは、こちらの事例をご覧ください。
事例1
売主Aは買主Cと甲不動産の売買契約を締結した。しかし、甲不動産はB所有の物で、売主AはBから所有権を取得してCに移転するつもりだったが、それができなかった。
この事例1は、他人物売買がうまくいかなかったパターンですね。
売買契約
売主A ― 買主C
甲不動産
(B所有)
↑
A取得できず...
さて、この場合に、買主Cは何ができるでしょうか?
実は、それはAが善意か悪意かで、できることが変わってきます。
・買主Cが善意の場合
Cが善意というのは「甲不動産が本当はB所有の物とは知らず売主Aの物だと誤信していた(誤って信じていた)」という意味です。
この場合は、買主Cの保護の必要性が高いと考えられ、Cは契約の解除ができ、加えて損害賠償の請求もできます。
・買主Cが悪意の場合
Cが悪意というのは「甲不動産がB所有の物だと知っていた」という意味です。
この場合、Cは契約の解除ができます。
悪意なのに?という声が聞こえてきそうですが、次のように考えるとよくわかるでしょう。
「売主Aは不動産業者で、買主Cは不動産業者のAにB所有の甲不動産の転売を依頼したクライアント」
売買契約
不動産業者A ― クライアントC
甲不動産
(B所有)
↑
A取得できず...
このように考えると「ありそうなハナシじゃん」となりますよね。
よって、買主Cは悪意でも契約の解除ができるという訳です。
しかし、損害賠償の請求はできません。
そこまでの権利は、悪意の買主Cには認められません。
なぜなら、そもそも買主C(クライアントC)が甲不動産をB所有の物だと知っていたなら、少なからずCにも、その所有権移転が失敗する可能性は予測できると考えられるからです。
妥当な理屈ですよね。

ここまで、おわかりになっていただけましたでしょうか。
ここからさらに深く掘り下げて参ります。
売主からの解除はできるのか
実は、売主Aからの解除も可能です。
ただし!
売主Aが善意の場合のみです。
売主Aが善意の場合とは、甲不動産がB所有ではなくA所有だと誤信していたケースです。
売買契約
売主A ― 買主C
甲不動産
(B所有)
↑
A所有だと誤信
つまり、AがB所有の甲不動産を自分が所有していると誤って信じていたケースです。
どんなケースやねんそれ!
ツッコミたくなりますよね(笑)。
正直言ってAは善意というよりただのマヌケという気もしますが...とにかく、売主Aが善意であれば、売主側からの解除も可能ということです。
ただし!
その場合も、買主Cが善意であれば、売主Aは善意のCに損害を賠償した上で解除する必要があります。
なお、買主Cが悪意の場合は、売主Aは損害の賠償ナシで解除できます。
売主Aに過失があった場合は?
例えば、こんな場合はどうでしょう。
売主Aが「B所有の甲不動産の所有権、確実に移転できます!」と、買主Cに大見栄を切っていたら?
このような場合、買主Cは悪意(甲不動産がB所有という事情を知っている)ではありますが「それなら甲不動産の所有権の取得は大丈夫だな」と、売主Aを信頼しますよね。
判例では、その信頼は保護すべきだとして、買主に売主の債務不履行による損害賠償の請求を認めています。
このような場合においての結論も、覚えておいていただければと存じます。
補足
不動産業者(宅地建物取引業者)が自ら売主となる他人物売買は、宅地建物取引業法により制限されています。
ただし、不動産業者が、売ろうとする他人物を確実に取得する旨の別の契約または予約(効力発生について条件付きのものを除く)を締結しているときには、他人物売買は禁止されていません。
なお、不動産業者同士の他人物売買については、制限はありません。
この点はご注意ください。
一部他人物売買
続いては一部他人物売買のケースを解説します。
事例2
売主Aは買主Cと甲土地の売買契約を締結した。しかし、甲土地はAとBの共有の土地で、売主AはBから持分権を取得できなかった。
これは一部他人物売買の事例です。
ちなみに、甲土地がAとCの共有という意味は、甲土地の所有権をAとCで共有しているという意味です。
売買契約
売主A ― 買主C
甲土地
(AB共有)
現実には、それぞれの持分の割合を決め、共有の登記をします。
そして、それぞれの持分の権利を持分権といいます。
実際によくあるのが、AとBが兄弟で親の土地を相続した、というケースです。
共有や相続に関しましてはまた改めてご説明いたします。
(共有についての詳しい解説は「【共有】持分権とは/共有物の使用方法&変更&管理&保存について/解除権の不可分性の例外とは/持分権の主張、共有物の明渡し請求等をわかりやすく解説!」をご覧ください)
話を事例に戻します。
この事例2で、買主Cは何ができるでしょうか?
この一部他人物売買でも、全部他人物売買と同様、買主Cが善意か悪意かによって、できることが変わってきます。
・買主Cが善意の場合
Cが善意というのは、つまり「甲土地の一部が他人の物とは知らず甲土地全てが売主Aの物だと誤信していた」という意味です。
この場合は、買主Cの保護の必要性が高いと考えられ、Aの持分だけでは買主Cは甲土地を買い受けることはなかったときは、つまり「Aの持分だけ?それだったらいらねーよ」となっていたときは、契約の解除ができます。
くわえて、損害が発生していれば損害賠償請求も可能です。
また、Aの持分の割合に応じた代金減額請求は当然に可能です。
なお、2020年4月施行の民法改正により履行の追完請求も可能になりました。
履行の追完請求とは、要するに買主が売主に対して「足りない部分(不備)をなんとかしろ(是正しろ)」と請求することです。
・買主Cが悪意の場合
Cが悪意というのは、つまり「甲土地の一部が他人の物と知っていた」という意味です。
この場合、買主CはBの持分を取得できない可能性も想定した上で行動すべきと考えられます。
よって悪意の買主Bは、契約の解除も損害賠償の請求もできません。
しかし、代金減額請求だけは認められています。
なぜなら、このような取引も現実に珍しい訳ではないからです。
例えば、兄弟のAとBが甲土地を共同相続して、売主Aが「Bはオレが説得する」と買主Cに言ってるようなケースです。
ですので、買主が悪意でも代金減額請求だけは認められているのです。
買主Cの解除権
及び損害賠償請求権
及び代金減額請求権
及び追完請求権の行使には期間の制限がある
買主Cは、善意であれば解除、損害賠償請求、代金減額請求、履行の追完請求ができます。
悪意の場合は、代金減額請求のみできます。
ただし!
一部他人物売買においては、上記の買主の権利の行使には、期間の制限があります。
なぜなら、権利の行使に期間制限がないと、第三者を巻き込んでいつまでも権利関係がごちゃごちゃしてしまいかねないからです。
それを民法は嫌うからです。
そして、この権利の行使の期間の制限も、善意と悪意で異なります。
・買主Cが善意の場合
甲土地の一部が他人(A以外)の物だという事実を知った時から1年以内に通知
「1年以内の通知」の意味は、1年以内に相手方へ通知(お知らせ)して、本格的な請求はその後でもOKということ。
ただ、最低限通知はしておかないとその後の請求もできなくなってしまう(請求する権利が無くなってしまう)。
・買主Bが悪意の場合
甲土地の売買契約を締結した時から1年
このようになります。
同じ1年でも、その起算点(期間の計算のスタート地点)が違いますので、ご注意ください。
こういう部分は試験でもよく問われます。
ちなみに、全部他人物売買においては、上記のような買主の権利の行使の期間の制限はありません。
これも併せて覚えておいてください。
数量指示売買(数量不足、物の一部滅失)
事例3
売主Aは甲土地を買主Bに売却した。売買代金は登記簿上の地積に坪単価を掛けて算出した。しかし、甲土地を実測すると登記簿上の地積には足りなかった。
これはどういう事例かというと、こういうことです。
「Aが売った土地の面積が、Bが買ってから実際に測ってみたら、登記簿に記されていた面積よりも少なかった」
登記簿(登記事項証明書)には面積が記されています。
しかし、実測してみると(実際測ってみると)登記簿と違うことがあります。
まさに、この事例ではそれが起こったという訳です。
さて、ではこの事例3で、買主Bは何ができるでしょうか?
・買主Bが善意の場合
善意の買主Bは「残存する部分のみであれば買主がこれを買い受けなかったとき」、つまり、登記簿上よりも少ない実測した実際の甲土地の面積(部分のみ)では買主Bは買い受けなかったであろうときは、契約の解除ができます。
くわえて、損害が発生していれば損害賠償の請求も可能です。
また、代金減額請求は当然に可能で、履行の追完請求も可能です。
・買主Bが悪意の場合
民法は、買主が目的物の数量が不足しているのを知りながら契約をするのは通常ありえないと考えます。
ですので、この場合の条文は存在しません。
そんな条文まで作っていたらキリがなくなってしまいますからね。
したがって、この場合は原則何もできないと思っておいて結構です。(現実には個別具体的な判断になると思われます)
という訳で、買主Bは善意の場合に限り、上記のような権利を行使できます。
ただし!
その権利の行使には期間の制限があります。
事実を知ってから1年以内の通知です。
あんまり時間が経ってから「数量が足りない!」だなんて揉められても、事実関係が不明瞭になりがちですし、裁判所も困ります。
よって、事実を知ってから1年以内の通知という期間制限を設けています。

以上、まとめるとこうなります。
「買主Bは善意の場合に限り、残存する部分のみであればこれ(甲土地)を買い受けなかったときには契約の解除ができ、損害が発生していれば損害賠償の請求も可能。
また、代金減額請求は当然にできるし、履行の追完請求も可能。
ただし、善意の買主Bのそれらの権利の行使は、甲土地の面積が登記簿上より実際は足りなかった、という事実を知ってから1年以内の通知で行わなければならない」
ところで、事例3でご説明した内容は「売買の目的物の数量が不足していたとき」の話です。
ではこれが「売買の目的物の数量が多すぎたとき」にはどうでしょう?
このときに、売主からの代金減額請求は可能でしょうか?
結論。
売主からの代金減額請求はできません。
これは、判例でそのように結論づけられています。
売主がおっちょこちょいだった、で終わってしまうということです。
売主の義務(旧:担保責任)まとめ
~請求可否一覧~
初めて学習された方は頭がごちゃごちゃになったかもしれません。
私もそうでした。
ですので、最後に要件と結論の部分だけをまとめておきます。
全部他人物売買契約
【買主が善意のとき】
契約の解除◯
損害賠償の請求◯
権利行使期間→規定なし
【買主が悪意のとき】
契約の解除◯
損害賠償の請求×
権利行使期間→規定なし
売主に過失があるときのみ損害賠償の請求◯
【売主からの解除】
売主が善意のときのみ◯
買主が善意のときは買主に損害を賠償した上で◯
一部他人物売買
【買主が善意のとき】
売主持分だけではこれを買い受けなかったとき契約の解除〇
損害が発生していれば損害賠償の請求〇
代金減額請求〇
履行の追完請求〇
権利行使期間→事実を知った時から1年以内の通知
【買主が悪意のとき】
契約の解除×
損害賠償の請求×
代金減額請求〇
履行の追完請求×
権利行使期間→契約の時から1年以内の通知
数量指示売買(数量不足、物の一部滅失)
【買主が善意のとき】
残存する部分のみであればこれを買い受けなかったとき契約の解除〇
損害が発生していれば損害賠償の請求〇
代金減額請求〇
履行の追完請求〇
権利行使期間→事実を知った時から1年以内の通知
【買主が悪意のとき】
規定なし
このようになります。
いかがでしたでしょうか。
頭がごちゃごちゃになってしまっている方もいらっしゃると思います。
まる暗記できるならそれで良いですが、中々それも難しいので、全てのケースを一辺に考えようとせず、ひとつひとつ理解・整理しながら考えて覚えていってみてください。
というわけで、今回は以上になります。
宅建試験や行政書士試験や公務員試験などの民法の学習、独学、勉強、理解の助力としていただければ幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございます。