
建物の賃貸借に関する判例
[敷金の定義と返還時期]
最高裁昭和48年2月2日判決では、敷金は「賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭」と定義し、敷金返還請求権は「賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたときにおいて、それまでに生じた被担保債権を控除しなお残額がある場合に、その残額につき具体的に発生する」としました。
また、最高裁昭和49年9月2日判決では、「賃貸人は、特別の約定のないかぎり、賃借人から家屋明渡を受けた後に前記の敷金残額を返還すれば足りるものと解すべく、したがって、家屋明渡債務と敷金返還債務とは同時履行の関係にたつものではない」としました。
[転貸借の効果]
最高裁昭和53年12月22日判決では、「賃借権が旧賃借人から新賃借人に移転され賃貸人がこれを承諾したことにより旧賃借人が賃貸借関係から離脱した場合においては、敷金交付者が、賃貸人との間で敷金をもって新賃借人の債務不履行の担保とすることを約し、又は新賃借人に対して敷金返還請求権を譲渡するなど特段の事情のない限り・・・敷金に関する敷金交付者の権利義務関係は新賃借人に承継されるものではない」としました。
また、改正民法613条では、「賃借人が適法に賃借物を転貸したときは、転借人は、賃貸人と転貸人との間の賃貸借に基づく債務の範囲を限度として、賃貸人に対して転貸借に基づく債務を直接履行する義務を負う」としました。
これは、転借人が賃貸人に対して賃料や修繕費などを直接支払うことができることを意味します。
また、「賃貸人は、賃借人との間の賃貸借契約を合意により解除したことをもって転借人に対抗することができない」としました。
これは、転借人の利益を保護するために、賃貸人が転借人に無断で契約解除を通知することができないことを意味します。
[賃借人の妨害排除]
最高裁昭和37年12月25日判決では、「家屋の賃借人として同居している事実上の養子が、 賃借人の相続人らの了承のもと、賃借人の遺産を承継し、 祖先の祭祀なども行うようになった事情の下では、この事実上の養子は 賃借人の相続人の賃借権を援用して、そのまま居住する権利を賃貸人に対抗する事ができる」としました。
また、改正民法605条の4では、「賃借人は、賃貸物について他から妨害を受けたときは、賃貸人に対し、その妨害を排除し、又は妨害者に対して必要な措置を講ずることを請求することができる」としました。
これは、賃借人が賃貸物の使用に支障をきたすような妨害を受けた場合に、賃貸人に対してその排除や救済を求めることができることを意味します。
土地の賃貸借に関する判例
[賃借権の時効取得]
最高裁昭和42年10月8日判決では、「土地の継続的な用益という外形的事実が存在し、かつ、その用益が賃借の意思に基づくものであることが客観的に表現されているときには、民法163条により、土地の賃借権の時効取得を肯認することができるものと解すべきことは、既に当裁判所の判例とするところであり」としました。
また、「他人の土地の管理権を与えられ他に賃貸する権限をも有していると称する者との間で締結された賃貸借契約に基づいて、賃借人が平穏公然に土地の継続的な用益をしているときには、用益が賃借の意思に基づくことが客観的に表現されている場合にあたるものとして、賃借人は、民法163条所定の時効期間の経過により、土地の所有者に対する関係において右土地の賃借権を時効主取得するに至ると解するのが相当である」としました。
[抵当権者と賃借人との優劣]
最高裁昭和46年3月30日判決では、「原判決の確定した右事実関係のもとにおいては、上告人の本件賃貸借は、その賃貸借契約が前記強制競売手続の競売申立記入登記のなされる前に締結され、対抗要件である地上建物の登記が経由された場合であっても、抵当権に対抗しえない結果、競落により抵当権とともに消滅するものと解すべきである」としました。
これは、抵当権設定登記に遅れる賃借権はその抵当権が設定された不動産の競売による買受人に対抗できないことを意味します。
[賃借権譲渡承諾撤回]
最高裁昭和37年8月3日判決では、「家屋明渡請求事件において、被告が正権原として、はじめ使用貸借の存在を主張し原告がこれを認めた後に、被告がその主張を撤回し家屋の前所有者との間に賃貸借が存し原告はこれを承継したものであると主張するに至ったとしても、これを自白の取消ということはできない」としました。
また、「賃借人の賃借権譲渡につき賃貸人が一旦与えた承諾はこれを撤回することができない」としました。
[賃借権の対抗力]
最高裁昭和44年7月24日判決では、「甲からその所有する一棟の建物のうち構造上区分され独立して住居等の用途に供することができる建物部分のみについて、乙に対し賃借権を設定したが、甲乙間の合意に基づき一棟の建物全部について乙の賃借権設定の登記がされている場合において、甲が乙に対して登記の抹消登記手続を請求したときは、その請求はその建物部分を除く残余の部分に関する限度において認容される」としました。
これは、登記上の賃借権と実際の賃借権とが一致しない場合に、真実の賃借権を有する者が登記上の賃借権者に対抗できることを意味します。
オーナーチェンジに関する判例
[最高裁判所平成29年3月14日判決]
賃貸借契約の期間満了後も賃借人が建物を引き続き使用していた場合、新賃貸人が賃借人に対して建物の明渡しを求めることができるかどうかは、旧賃貸人と賃借人との間における賃貸借契約の内容や経過などを総合的に考慮して判断する必要があるとした。
本件では、旧賃貸人と賃借人との間には、期間満了後も引き続き賃料を支払うことで賃貸借契約が更新されるという暗黙の合意があったと認定されたため、新賃貸人は明渡しを求めることができないと判断されました。
[最高裁判所平成28年12月13日判決]
本件では、旧賃貸人と賃借人との間には、期間満了後も引き続き賃料を支払うことで賃貸借契約が更新されるという暗黙の合意はなく、むしろ期間満了までに退去することが前提であったと認定されたため、新賃貸人は明渡しを求めることができると判断されました。
[最高裁判所平成27年11月10日判決]
本件では、旧賃貸人から新賃貸人への所有権移転登記前に、旧賃貸人から期間満了までに退去するよう通知されていたことや、新旧両賃貸人から立ち退き交渉を受けていたことなどから、期間満了後も引き続き使用する権利を有するものではないと認定されたため、新賃貸人は明渡しを求めることができると判断されました。
以上の判例からわかるように、オーナーチェンジに関する判例は、賃貸借契約の内容や経過などを個別具体的に検討して、賃借人の立場や権利を判断するものです。
転貸借に関する判例
[最高裁判所昭和40年6月29日判決]
この判例では、賃貸人が賃借人において賃借土地の一部を転貸している事実を知りながら、三年余にわたる賃貸人であった期間中、なんらの異議を述べないで賃借人から賃料を取り立てていたときは、右転貸について黙示の承諾をしたものと認めるのが相当であるとしました。
この判例は、転貸借に関する黙示の承諾の要件を示したものです。
[最高裁判所平成14年3月28日判決]
この判例では、ビルの賃貸,管理を業とする会社を賃借人とする事業用ビル1棟の賃貸借契約が賃借人の更新拒絶により終了した場合において,賃貸人が,賃借人にその知識,経験等を活用してビルを第三者に転貸し収益を上げさせることによって,自ら各室を個別に賃貸することに伴う煩わしさを免れるとともに,賃借人から安定的に賃料収入を得ることを目的として賃貸借契約を締結し,賃借人が第三者に転貸することを賃貸借契約締結の当初から承諾していたものであること,当該ビルの貸室の転借人及び再転借人が,上記のような目的の下に賃貸借契約が締結され転貸及び再転貸の承諾がされることを前提として,転貸借契約及び再転貸借契約を締結し,再転借人が現にその貸室を占有していることなど判示の事実関係があるときは,賃貸人は,信義則上,賃貸借契約の終了をもって再転借人に対抗することができないとしました。
この判例は、事業用ビルの再転借人への対抗力に関するものです。
[最高裁判所平成24年12月13日判決]
この判例では、建物付土地(以下「本件不動産」という。)を所有する原告(以下「本件所有者」という。)が、本件不動産全体(以下「本件建物」という。)を被告A(以下「本件原告」という。)に対して一括して賃貸した後、本件原告は本件建物内の一部(以下「本件部屋」という。)を被告B(以下「本件被告」という。)に対して転貸したときは、本件所有者は、本件原告に対して本件建物の明渡しを請求することができるが、本件被告に対しては、本件部屋の明渡しを請求することができないとしました。
この判例は、建物付土地の一部の転貸借人への対抗力に関するものです。
おまけ:有益費・必要に関する判例
[最高裁判所平成21年2月24日判決]
賃借人が賃借建物に設置した太陽光発電システムは有益費に該当せず、その設置費用は償還請求できないとした判決
この判例では、賃借人が賃借建物の屋上に太陽光発電システムを設置し、その設置費用を償還請求した事案でした。
最高裁は、太陽光発電システムは、賃借建物の構造や機能を改善するものではなく、単に売電収入を得るためのものであるとして、有益費に該当しないと判断しました。
また、太陽光発電システムは、賃借建物の一部として固定されておらず、容易に撤去できるものであるとして、必要費にも該当しないと判断しました。
したがって、この判例によれば、太陽光発電システムは、賃借建物の改善や維持に必要なものではなく、売電収入を得るための独立した設備であるということになります。
[最高裁判所平成16年3月9日判決]
賃借人が賃借建物に設置したエレベーターは有益費に該当し、その設置費用は償還請求できるとした。
[最高裁判所平成26年10月14日判決]
賃借人が賃借建物に設置した防犯カメラは必要費に該当し、その設置費用は直ちに償還請求できるとした。
以上、賃貸借・転貸借の関する判例でした。
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