2021/06/14
【賃借権の相続】賃貸人&相続人vs内縁の妻の対抗問題/賃料債権&債務の相続と不可分債務とは
▼この記事でわかること・賃借権の相続
・内縁の妻とは
・賃貸人(貸主)と死亡した借主の同居人の対抗問題(オーナーvs内縁の妻)
・相続人と死亡した借主の同居人の対抗問題(相続人vs内縁の妻)
・相続人がいない場合の内縁の妻を救う立法措置
・賃貸人(貸主・オーナー)&賃借人(借主)死亡による賃料債権・債務の相続と不可分債務
(上記クリックorタップでジャンプします)
今回はこれらの事について、その内容、意味、結論、理由など、わかりやすく学習できますよう解説して参ります。

賃借権の相続
不動産の所有者が死亡したら、その不動産の所有権は、相続人に相続されます。
では、不動産の賃借人(借主)が死亡した場合は、その賃借権(借りて利用する権利)はどうなるのでしょうか?
結論。賃借権は相続されます。
ですので、例えば、賃貸マンションに住んでいる家族の世帯主が死亡しても、残された家族が賃借権を相続するので、賃貸人(貸主・オーナー)から立退き請求されることもなく、残された家族はそのマンションに住み続けることができ、路頭に迷わずに済みます。というか、路頭に迷わずに住めます(笑)。
同居人が世帯主の相続人ではなかった場合
さて、賃借権の相続についての、真の問題はここからになります。
賃貸マンションに住んでいる家族の世帯主が死亡しても、残された家族は賃借権を相続するので問題ありません。では、残された家族(同居人)が、世帯主の相続人ではなかった場合、一体どうなるのでしょうか?
事例1
BはA所有の甲建物を賃借して、内縁の妻Cと共に住んでいる。その後、Bは死亡した。なお、Bには別れた先妻との間の子供Dがおり、DはAの唯一の相続人である。
まず、本題に入る前に「内縁の妻」について、簡単に解説しておきます。
内縁の妻とは「男女が婚姻の意思をもって共同生活(いわゆる同棲のこと)を送っているものの、婚姻届を提出していない場合の女性」のことです。
よく「内縁関係」とか「事実婚」とか呼ばれる状態にある女性が、まさにこの「内縁の妻」にあたります。
もっと噛み砕いて言えば、将来の結婚を考えて同棲しているカップルは「内縁関係」にあり、そのカップルの彼女が「内縁の妻」です。(内縁について詳しくは、別途「家族法」分野の「親族」についての解説で、詳しく解説します)。
オーナーAは内縁の妻Cに出てけと言えるのか
内縁の妻については、おわかりになっていただけましたよね。
という訳で、ここから本格的に事例の解説に入って参りますが、事例1は、登場人物が4人いて、少し複雑に感じるかもしれません。ですので、ここで一度、事例の状況を噛み砕いて整理してみましょう。
「将来の結婚を考えているB男とC子というカップルが、A所有の建物で同棲していたが、ある日、B男が死亡した。そして、死亡したB男には、以前に離婚した奥さんとの間の子供Dがいて、なんと、そのDが、B男の唯一の相続人だった!」
噛み砕くと、こんな話です。これならわかりやすいですよね。
そして、なんだか一悶着ありそうニオイがプンプンしますよね(笑)。
さて、それではこの事例1で、甲建物のオーナーAは、内縁の妻Cに対して「甲建物から出てってくれ」と、立退き請求ができるでしようか?
結論。甲建物のオーナーAは、内縁の妻のC子に対して、立退き請求をすることはできません。なぜなら、内縁の妻のC子は、B男の相続人である子供Dの賃借権を援用できるからです。
あくまでBの賃借権を相続するのはD

「BからDが相続した甲建物の賃借権を援用できる」という意味は、簡単に言えば、内縁の妻のC子は「他人(相続人の子供D)のふんどしで相撲を取れる」ということです。
つまり、オーナーAから「甲建物から出てってくれ」と立退き請求をされても、内縁の妻のC子は相続人Dの賃借権を盾に「わたしはここに住み続けます」と正当に主張することができます。内縁の妻のC子は「相続人Dの賃借権」という名の守護獣を召喚できるのです(笑)。
また「Bの持っていた甲建物の賃借権を相続するのはあくまでD」というのは、つまり、甲建物の賃料支払い義務は内縁の妻Cではなく、相続人Dが負います。
したがいまして、甲建物の家賃を払わなければならないのは、相続人Dになります。
え?意味わからん!
ですよね。ただ、これは判例で、なんとか内縁の妻を救い出すために出された結論なのです。
なぜそこまでして内縁の妻を救う必要があるのか
もし、内縁の妻が救われない結論を出してしまうと、同棲するリスクが高まってしまうと考えられます。
それは将来の結婚を考えたカップルには酷な話ですよね。
そして、同棲のリスクが高まると、それに伴って婚姻率・出生率も下がってしまって、ひいては「国家の繁栄を阻害することにも繋がりかねない」というようなことまでも、大袈裟ではありますが、考えられなくもないのです。
したがって、強引ではありますが、このような結論になるのかと思われます。
内縁の妻vs相続人
ここで再び事例1をご覧ください。
事例1
BはA所有の甲建物を賃借して、内縁の妻Cと共に住んでいる。その後、Bは死亡した。なお、Bには別れた先妻との間の子供Dがおり、DはAの唯一の相続人である。
(噛み砕いたバージョン)
将来の結婚を考えているB男とC子というカップルが、A所有の建物で同棲していたが、ある日、B男が死亡した。そして、死亡したB男には、以前に離婚した奥さんとの間の子供Dがいて、なんと、そのDが、B男の唯一の相続人だった!
さて、この事例1で、オーナーAが、内縁の妻C子に対して立退き請求ができないのはわかりました。
では、甲建物の賃借権を相続したDが、内縁の妻Cに対して、立退き請求をすることはできるのでしようか?
そもそも、甲建物の賃借権を相続したのはDです。ましてや甲建物の家賃支払い義務を負っているのもDです。
そして、事例1の状況を現実的な視点で考えると、B男の内縁の妻C子と、B男の前の奥さんとの間の子供D。この二人、実際は仲が悪いことの方が多いのではないでしょうか?
そもそも、C子がB男と婚姻(結婚)せず、内縁の妻のままでいた理由として、前の奥さんとの間の子供Dが、B男とC子の再婚について反対していた可能性もあります。
このように考えていくと、たとえ内縁の妻C子が、相続人Dの賃借権を援用して、甲建物に居続けることができるにしても、それをDが指をくわえて黙って見ているとも思えないですよね?むしろ、相続人Dから内縁の妻C子に対し「甲建物から出てけ!」と言ってくる可能性の方が高いのではないでしょうか?
結論。相続人Dは、内縁の妻Cに対して、甲建物の立退き請求をすることはできません。
これは、判例でこのような結論になっています。
つまり!相続人Dから内縁の妻C子への立退き請求を、裁判所が許さなかったのです。

しかも、裁判所はその理由について「信義則」に並ぶ、民法の奥義を繰り出しました。
裁判所が、相続人Dから内縁の妻Cへの立退き請求を認めさせないために持ち出した民法の規定はこちらです。
(基本原則)
民法3条
権利の濫用は、これを許さない。
この民法3条、実にざっくりした規定ですよね(笑)。
要するに、裁判所は「相続人Dから内縁の妻Cに対する立退き請求は権利の濫用だ」と言っているのです。
権利の濫用とは、簡単に言うと「やり過ぎ」ということです。つまり、相続人Dから内縁の妻Cに対する立退き請求は、甲建物の賃借権を相続しているDの正当な権利ではあるが、でもDさんそれはちょっとやり過ぎじゃね?ということです。
したがいまして、相続人Dは、内縁の妻Cに対し、甲建物の立退き請求ができないのです。
相続人がいない場合の内縁の妻
事例2
BはA所有の甲建物を賃借して、内縁の妻Cと共に住んでいる。その後、Bは死亡した。なお、Bには相続人がいない。
賃借権(借主の地位)は相続されます。しかし、この事例2のBには相続人がいません。そこで問題になるのは、内縁の妻Cです。
というのは、もしBに相続人がいた場合は、その相続人が甲建物の賃借権を相続して、内縁の妻は、その相続人に相続された賃借権を援用することによって、甲建物のオーナーAから、立退き請求をされずに済みます。
しかし、Bに相続人がいないとなると、内縁の妻は、賃借権の援用ができなくなります。賃借権の援用という名の守護霊獣が召喚できないんです。
さて、ではこの事例2で、オーナーAは、内縁の妻Cに対して、甲建物の立退き請求をすることができるのでしょうか?
結論。オーナーAは、内縁の妻Cに対して、甲建物の立退き請求をすることはできません。
なぜなら、この事例2のケースでは、内縁の妻Cは、甲建物の賃借権を自ら取得するからです。
相続人がいない場合の内縁の妻を救う立法措置
実は、事例2のようなケースについては、内縁の妻Cのような立場の者を救うための、立法措置が施されています。
(居住用建物の賃貸借の承継)
借地借家法36条
居住の用に供する建物の賃借人が相続人なしに死亡した場合において、その当時婚姻又は縁組の届出をしていないが、建物の賃借人と事実上夫婦又は養親子と同様の関係にあった同居者があるときは、その同居者は、建物の賃借人の権利義務を承継する。
上記の規定により、内縁の妻Cは、死亡した賃借人Bに相続人がいないので、Bの賃借人(借主)としての権利義務を承継します。(甲建物の賃借権を取得)
これにより、甲建物のオーナーAから立退き請求をされることなく、内縁の妻Cは、甲建物に居続けることができるのです。
また、内縁の妻Cが自らBの賃借人としての権利義務を承継するということは、家賃支払い義務は内縁の妻C自身が負うことになります。この点は、賃借人Bに相続人がいて、その賃借権を援用する場合とは異なりますので、ご注意ください。
なお、この借地借家法36条の規定の適用は、居住用建物の場合に限ります。
ですので、もし甲建物を事務所として使用していた等の場合は、内縁の妻Cは、オーナーAから立退き請求をされてしまうと、甲建物から出て行かざるを得なくなります。この点も併せてご注意ください。
内縁の妻Cが賃借人Bの権利義務を承継したくない場合
ところで、内縁の妻Cが、Bが死亡したことで、むしろ甲建物から退去したかった場合、つまり、Bの権利義務を承継したくない場合は、一体どうすればいいのでしょうか?
これについても、借地借家法36条に続きがあり、下記のような規定を置いています。
(借地借家法36条続き)
ただし、相続人なしに死亡したことを知った後一月以内に建物の賃貸人に反対の意思を表示したときは、この限りでない。
つまり、内縁の妻Cは、Bが死亡したことを知ってから1ヶ月以内であれば、Bの権利義務を承継しない、という選択を取ることも可能です。
場合によっては、権利義務を承継する方が内縁の妻にとって酷になってしまうケースもありえます。
ですので、このような形で、内縁の妻には、承継するかしないかのどちらかを自分で選択できる権利が与えられているのです。
賃料債権・債務の相続

賃貸人(貸主・オーナー)または賃借人(借主)が死亡して、その相続人が複数いる場合に、その賃料債権・債務、つまり、家賃の問題はどのようになるのでしょう?
賃貸人(貸主・オーナー)死亡ケース
事例3
Aは自己所有の甲建物をBに賃貸している。その後、Aが死亡し、Aの妻Cと子供Dが、Aを相続した。
この事例3では、甲建物のオーナーAが死亡し、甲建物のオーナーの地位を妻Cと子供Dが相続しています。
さて、ではこの場合に、甲建物の賃料債権(家賃払え!という権利)はどのようになるのでしょうか?
結論。甲建物の賃料債権は、相続分に応じて分割されて、妻Cと子供Dに相続されます。
どういうことかと言いますと、例えば、甲建物を家賃10万円でBに賃貸していた(貸していた)場合、Bに家賃を請求できる権利は、妻Cが5万円分、子供Dが5万円分、と相続されます。
賃借人(借主)死亡のケース
事例4
Aは自己所有の甲建物をBに賃貸している。その後、Bが死亡し、Bの妻Cと子供Dが、Bを相続した。
この事例4では、甲建物の賃借人Bが死亡し、Bの賃借権(借主の権利)を、妻Cと子供Dが相続しています。
さて、ではこの場合に、甲建物の賃料債務(家賃を払う義務)はどのようになるのでしょうか?
結論。賃料債務は不可分債務です。不可分債務とは「分割できない債務」という意味です。
つまり、甲建物の賃借権(甲建物を借りて利用する権利)は妻Cと子供Dに相続されましたが、甲建物の家賃債務を、Cが5万円、Dが5万円、というように分割することかできないのです。
そして、賃料債務が分割できないということは、妻Cと子供Dはそれぞれ、全額の家賃支払い義務を負うことになります。
ですので、甲建物のオーナーAは、妻Cに対して全額の家賃10万円を請求することができ、子供Dに対しても全額の家賃10万円を請求することができます。
ただし、オーナーAが、CとD、それぞれに対して全額の家賃を請求できるといっても、合わせて20万円の家賃を受領することはできません。受け取れる家賃はあくまで10万円です。仮に、妻Cに対して全額の家賃10万円を請求して、妻Cから10万円を受領した場合、子供Dの10万円の家賃債務も弁済された(支払われた)ことになります。
賃借人が複数いる場合は賃貸人の債務も不可分になる
なぜ賃借人の賃料債務が不可分かといいますと、賃貸人(貸主・オーナー)の賃借人(借主)に対する債務も不可分だからです。
賃貸人(貸主・オーナー)の賃借人(借主)に対する債務とは「目的物を使用収益させる」ことです。
なので、事例のオーナーAは、CとDに対して、甲建物を使用収益させなければなりません。
そしてこの債務は、不可分なのです。例えば、妻Cにはリビングを賃貸してバスルームは使わせず、子供Dにはバスルームを賃貸してリビングを使わせない、なんてことはできませんよね。
したがいまして、賃貸人の賃借人に対する債務は不可分債務となるので、賃借人の賃貸人に対する賃料債務も不可分債務となるのです。
というわけで、今回は以上になります。
宅建試験や行政書士試験や公務員試験などの民法の学習、独学、勉強、理解の助力としていただければ幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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