2021/06/01
【使用者責任】事業執行の範囲とは/使用者の主張と立証責任の転換とは/使用者の求償権?社長個人は使用者責任を負うのか
▼この記事でわかること・不法行為の使用者責任
・使用者に損害賠償請求できるメリット?
・事業の執行(業務上)の範囲?
・使用者の主張と立証責任の転換
・従業員の不法行為の責任を社長個人が負う可能性
・使用者の求償権
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今回はこれらの事について、その内容、意味、結論、理由など、わかりやすく学習できますよう解説して参ります。

不法行為の使用者責任
使用者とは、簡単に言うと雇い主のことです。
つまり、使用者責任というのは雇い主の責任です。
事例
AはBの過失により起こった交通事故で大怪我を負った。Bは甲タクシー会社の運転手で、Bが運転するタクシーがBの過失が原因で起こした交通事故によりAが被害を被ったのだった。
さて、この事例で、被害者のAは加害者のBに対し、不法行為責任を追及して損害賠償の請求ができるのは当然です。
さらに、Aができることはそれだけではありません。
AはBの勤める甲タクシー会社にも損害賠償の請求ができます。これが使用者責任です。
Bの使用者(雇い主)は甲タクシー会社で、甲タクシー会社はBが業務上行ったことについて責任を負います。
したがいまして、Bが業務上に起こした損害についての責任は、Bの使用者(雇い主)である甲タクシー会社も、使用者責任として負うことになります。ですので、Aは甲タクシー会社に対しても損害賠償の請求ができるのです。
使用者に対して損害賠償の請求ができるメリット
てゆーかフツーに加害者Bに直接損害賠償の請求すればよくね?
もちろん、加害者本人に直接損害賠償の請求をしても全然かまいません。
しかし、もし加害者本人に資力がなかったら、つまり、加害者本人に「損害を賠償できるだけのお金」が無かったらどうしましょう?
そうなると、被害者としては困ってしまいますよね。
しかし、使用者はどうでしょう。普通に考えて、少なくとも加害者個人よりかは資力(お金)があるはずです。すると、被害者としては使用者に損害賠償請求をした方が、賠償金の回収はより確かなものになるのです。
ただし!使用者責任を追求する場合には注意点があります。
民法の条文はこちらです。
(使用者等の責任)
民法715条
ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2項以下略
上記、民法715条が、使用者責任についての民法の規定の基本的な部分になります。
ここで注意しなければならないポイントが「事業の執行について」という箇所です。
「事業の執行」とは「業務上」という意味です。つまり、使用者責任はあくまで業務上で起こした損害についての責任を負うわけであって、業務以外で起こした損害については使用者責任にはなりません。
例えば、事例のBが休日中に自家用車で事故を起こした際の損害は、甲タクシー会社は使用者責任を負いません。なぜなら、Bが休日中に自家用車で起こした事故と甲タクシー会社の事業の執行とは何の関係もないからです。(業務上の損害にならない)
したがいまして、不法行為の被害者が加害者の勤め先に対し、使用者責任に基づいた損害賠償請求が認められるためには、加害者の不法行為が事業の執行の中で行われたと認められなくてはなりません。
以上、事例に当てはめてわかりやすく言うと、被害者Aが甲タクシー会社に使用者責任を追及するなら、加害者Bの起こした交通事故が「業務中に起きた事故」と認められなければならない、ということです。

さて、そうなると今度は、こんな問題が生じます。
一体どこからどこまでが事業の執行なの?
事業の執行(業務上)の範囲
判例では、事業の執行(業務上)にあたるかどうかは、行為の外形から判断するとしています。
では、行為の外形で判断するとは、どういうことなのでしょうか?
例えば、Bが業務中に起こした事故であれば、それは当然、事業の執行にあたるでしょう。そして、Bが休日中にドライブしていて起こした事故であれば、それは事業の執行としては認められないでしょう。
では、Bが休日中にタクシーを運転して起こした事故はどうでしょう?
この場合は、事業の執行として認められてしまい、甲タクシー会社に使用者責任が生じる可能性があります。なぜなら、行為の外形で判断されるからです。
甲タクシー会社としては「Bが休日中に勝手にタクシーを運転してやらかしたことだ!弊社の業務とは関係ない!」と言いたいところでしょう。
しかし、客観的に見たらどうでしょうか。たとえ加害者のBが、休日中に甲タクシー会社の業務とは何ら関係なく勝手にやらかしたことだとしても、甲タクシー会社に勤めるBがタクシーを運転している時点で、はたから見れば、甲タクシー会社の業務に見えてしまいますよね。これが、行為の外形で判断するという意味です。
このように、使用者責任においては被害者側の損害賠償が認められやすくなっています。同時に、使用者責任の重さもわかりますね。
ちなみに、ヤ〇ザの暴力事件につき組長の使用者責任を認めた、なんて判例もあります。これもある意味、使用者責任の重大さを物語っていますよね(笑)。
使用者が主張できることはないのか
加害者の使用者(雇い主)は使用者責任を負い、被害者は加害者の使用者(雇い主)に損害賠償の請求ができます。
では、使用者は何かしらの主張をして責任を免れることはできないのでしょうか?
まずは民法の使用者責任に関する条文を今一度、確認してみましょう。
(使用者等の責任)
民法715条
ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2項以下略
実は、使用者は「使用者が被用者(加害者)の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったとき」を主張立証すれば、責任を免れることができます。
これはどういう意味かと言いますと、冒頭の事例で、甲タクシー会社が、Bの選任及びその事業の監督(業務の指揮・監督)について相当の注意をしたこと、または、いくら甲タクシー会社が相当の注意をしてもBの交通事故による損害が生じてしまうのは避けられなかったことを主張立証できれば、責任を免れることも可能だということです。
要するに、雇い主の甲タクシー会社が慎重にタクシー運転手としてBを選んでいて、いくら注意・監督・指示しても「Bが事故をやらかす事は避けられなかった」ことを主張立証できれば、甲タクシー会社は使用者責任を取らなくて済む、ということです。
使用者責任は無過失責任ではありませんので、使用者に免責される可能性が残されているのです。
しかし!使用者責任は、通常の不法行為責任よりも被害者側に有利な仕組みになっています。
立証責任の転換
通常の不法行為責任であれば、被害者側が加害者の過失を立証して損害賠償の請求ができるのに対し、使用者責任では、加害者側(使用者側)が自らの過失がなかったことを立証しなければ責任を免れることができません。
つまり、通常の不法行為責任と比べて、使用者責任では立証責任の転換が図られているのです。これは簡単に言えば、通常の不法行為責任よりも使用者責任の方が被害者が救済されやすくなっているということです。
このことからも、使用者責任の重さが理解できますよね。
従業員の不法行為の責任を社長個人が負う可能性
ここで今一度、事例を見てみましょう。
事例1
AはBの過失により起こった交通事故で大怪我を負った。Bは甲タクシー会社の運転手で、Bが運転するタクシーがBの過失が原因で起こした交通事故によりAが被害を被ったのだった。
さて、ここで使用者責任に関する民法の条文の2項をご覧ください。
(使用者等の責任)
民法715条
略
2項 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3項 略
この民法715条2項に記されている事こそ「社長個人は使用者責任を負うのか」についての規定になります。
それでは、事例に当てはめて具体的に解説して参ります。
甲タクシー会社の社長は社長個人として使用者責任を負うのか

民法715条2項には「使用者に代わって事業を監督する者」も、使用者責任を負うと記されています。
ではその「使用者に代わって事業を監督する者」とは、具体的にどのような者を指すのでしょうか?
それは「加害者である被用者(従業員)に直接の指示を出す立場にある人」を指します。これは、加害者の直属の上司と考えるのが妥当です。すると、事例の場合、Bの直属の上司も使用者責任を負う可能性があるということです。
以上のことを踏まえて「社長個人は責任を負うのか」について考えますと、こうなります。
社長が加害者に直接業務の指示を出しているような場合は社長個人も使用者責任を負う可能性があり
社長が加害者に直接業務の指示を出すことがないような場合は社長個人が使用者責任を負う可能性はまずない
これを事例に当てはめると次のようになります。
甲タクシー会社の
社長がBに直接業務の指示を出しているような場合
→社長個人も使用者責任を負う可能性あり
甲タクシー会社の
社長が直接業務の指示を出していないような場合
→社長個人は使用者責任を負わない
小さい会社では、社長が現場の従業員に直接指示を出すことは、よくあることだと思います。
反対に大会社では、社長が現場の従業員に直接指示を出すことは、中々ないと思います。
したがって、小さい会社等で社長自身が現場の従業員に直接指示を出しているような場合は、現場の従業員の不法行為の責任を社長個人が使用者責任として負い、被害者の損害賠償の請求に応じなければならない事態もありうるのです。
人間は立場に比例して責任も重くなるということです。
肝に銘じておかなければなりませんね。

使用者責任は、被害者の保護に厚くなっています。
その結果として、使用者の責任は重くなっています。
とにもかくにも、人を雇って事業を経営するということは、とても大変なんですよね。
それは、この使用者責任の問題からも垣間見ることができます。
使用者の求償権
使用者(雇い主)は、使用者責任に基づいて被用者(従業員)の事業の執行(業務上)の範囲内の不法行為の責任を負い、被害者の損害を賠償しなければなりません。
これは「使用者(雇い主)は被用者(従業員)の働きにより利益を上げるが、それであるなら同じように被用者(従業員)のもたらす損害も負担すべきだ」という理屈に基づいています。
しかし、使用者責任というのは、あくまで代位責任だと通説では考えられています。
これはどういう意味かと言いますと、本来、不法行為の損害賠償の責任は加害者自身が負うところを、加害者の使用者(雇い主)が加害者に代わってその責任を負う、ということです。となると、本来、加害者自身が負わなければならない不法行為の損害賠償の責任を、使用者(雇い主)はあくまで加害者である被用者(従業員)に代わって負っただけなので、いわばその肩代わりした損害について、使用者(雇い主)が被用者(従業員)に対し「元はおまえがやらかしたことだ。だからおまえは会社(使用者)に賠償しろ」と主張する権利も認められてしかるべきです。
そう、その権利が使用者の求償権です。※
※求償権とは、求償する権利のこと。求償とは、わかりやすく簡単に言うと「私が君の代わりにアイツに払ってあげた分を君は私に払いなさい!」ということ。
民法の条文はこちらです。
(使用者等の責任)
民法715条
略
2項 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3項 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。
ここで注目していただきたい箇所は、民法715条3項の「使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない」という部分です。
ここがまさしく、使用者責任における「使用者の求償権」を定めている箇所になります。
以上のことを踏まえて、再び事例を見てみましょう。
事例
AはBの過失により起こった交通事故で大怪我を負った。Bは甲タクシー会社の運転手で、Bが運転するタクシーがBの過失が原因で起こした交通事故によりAが被害を被ったのだった。
この事例で、加害者Bの使用者である甲タクシー会社は、使用者責任により被害者Aの損害賠償の責任を負います。
しかし、甲タクシー会社は被害者に損害を賠償した後「元はBがやらかしたことだ。だから肩代わりした分をBは会社に賠償しろ!」と、民法715条3項に基づいてBに対し求償権を行使できるのです。
求償権の範囲

では、使用者(雇い主)は被用者(従業員)に対し、どこまで求償できるのでしょうか?
この点について、実は民法の条文には規定がありません。なので、使用者は被用者(従業員)に対し、全額の求償ができると考えられています。
ということはつまり、事例の甲タクシー会社は、Bに対し、Aに賠償した金額の全額を求償できるということです。
しかし!例えば、このような場合はどうでしょう。
Bが起こした事故が、常態化した甲タクシー会社の過酷な労働も原因となり起こったものだったとしたら...(つまり甲タクシー会社のブラック具合も原因の一つだった)
このような場合、判例では、使用者の求償に制限を持たせています。
では具体的にどの程度の制限を加えるのか?ですが、それについては事案ごとによって異なりますので、一概にこれだと申し上げることはできません。
したがいまして、ここで覚えておいていただきたい事は「使用者(雇い主)は被用者(従業員)に対し損害の全額を求償できる。しかし、場合によって求償の範囲(金額)は制限される」ということです。
使用者責任の仕組みは被害者が救済されやすくなっている
この求償という仕組み。
初めはややこしく感じるかもしれません。
わざわざ使用者(雇い主)が肩代わりした後に被用者(従業員)に求償するぐらいなら、ハナっから被用者(従業員)、つまり、加害者自身が賠償すればイイじゃん!と思うかもしれません。
しかし、一見ややこしい、このような一連の使用者責任の仕組みが、被害者を救済しやすくしているのです。
被害者側からすれば、使用者が賠償しようが加害者自身が賠償しようが、損害を賠償してくれさえすればイイわけですが、損害賠償の請求をより確実にするためには、加害者側の資力の問題、すなわち賠償金を確実に回収できるかという問題と、立証責任の2点において、この使用者責任の仕組みが、結果的に被害者側に有利に働くことになるのです。
この「被害者が救済されやすくなっている」という点を意識すると、使用者責任の仕組みが理解しやすくなると思います。
というわけで、今回は以上になります。
宅建試験や行政書士試験や公務員試験などの民法の学習、独学、勉強、理解の助力としていただければ幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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