【不法行為】その基本と過失相殺・権利行使期間について/責任能力&事理弁識能力&監督義務者とは/被害者家族と胎児の損害賠償請求権について

▼この記事でわかること
不法行為とは
通常の不法行為のケース
被害者側にも過失があるケース
権利の行使期間
▽不法行為の責任能力
責任能力無き者、不法行為成立せず
責任能力なき加害者に対し被害者が取れる手段と監督義務者とは
加害者が責任能力のある未成年の損害賠償請求
事理弁識能力
被害者の家族の損害賠償請求権
▽コラム
胎児の損害賠償請求権~人間はいつから権利能力を持つのか~
(上記クリックorタップでジャンプします)
 今回はこれらの事について、その内容、意味、結論、理由など、わかりやすく学習できますよう解説して参ります。
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不法行為

 不法行為は、違法な行為により生じた損害を賠償させる制度です。
 まずは不法行為に関する民法の条文をご覧ください。

(不法行為による損害賠償)
民法709条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。


 この世の中は契約社会です。そして、契約が成立すると債権債務関係が生じます。
 しかし、世の中には契約によらずして債権債務関係が生じるケースが存在します。
 そのひとつが、この民法709条に規定される不法行為です。
 例えば、AさんがBさんを殴ったらAさんの不法行為が成立し、加害者のAさんは不法行為責任を負い、被害者のBさんは加害者のAさんの不法行為責任を追及して、その損害の賠償請求ができます。
 つまり、契約という約束を破って生じる債務不履行とは違い、何の約束も契約もないのに、違法な行為により生じた損害によって、被害者という債権者加害者という債務者が生まれ、加害者という債務者損害を賠償する責任を負うのです。
 これが不法行為です。
 不法行為という制度自体が何なのかは、おわかりになりましたよね。
 それではここからは、わかりやすく事例を交えて具体的に解説して参ります。

通常の不法行為のケース

事例1
AはBの過失により大怪我を負った。


 ものすごいざっくりした事例でスイマセン(笑)。
 さて、この事例1で、Aは何ができるでしょうか?
 もうおわかりでしょう。被害者のAは加害者のBに対し、不法行為責任を追及して損害賠償の請求ができます。

 ところで、損害というものは、以下のように大きく2つに分けることができます。

1・財産上の損害
 事故によって汚れたり壊れたりした物、怪我の治療費、休業補償など
2・財産以外の損害
 精神的損害のこと(いわゆる慰謝料)

 大雑把に、大体こんな感じです。
 上記の詳細については省きますが、ここで大事なのは、損害には大きく「財産上の損害」と「財産以外の損害」の2つがある、ということです。

 話を事例に戻します。
 それでは、事例1のAがBに賠償請求できる損害とは、どちらの損害になるのでしょうか?
 正解。Aは財産上の損害財産以外の損害、両方の賠償請求が可能です。
 ちなみに、財産以外の損害の請求とは、慰謝料請求のことです。
 つまり、事例1のAはBに対して慰謝料の請求もできます。

被害者側にも過失があるケース

事例2
AはBの過失により大怪我を負った。しかし、Aにも過失があった。


 今度は、被害者側にも過失(ミス・落ち度)があったケースです。
 ではこの場合、過失ある被害者のAは何ができるのでしょうか?
 正解。被害者であるAは加害者であるBに対し、不法行為責任を追及して損害賠償の請求ができます。
 ただし!事例2のケースでは、被害者者側のAにも過失があります。
 ですので、過失がないときに請求できる金額よりも減額される可能性があります。
 その減額される割合は、現実には、実際の不法行為時の状況を見て検証した上で裁判所が決めることになりますので、ここで一概に申し上げられません。
 いずれにせよ、被害者側にも過失があるときは、損害賠償の請求金額に影響する可能性があるのです。
 これを過失相殺と言います。加害者側の過失と被害者側の過失分を相殺しましょう、ということです。
 車での交通事故の経験のある方は、過失割合なんて言葉を聞いたと思います。あれも過失相殺のことです。そして、過失割合によって示談金等の金額も変わってきますよね。

権利の行使期間

 不法行為における損害賠償の請求は、損害及び加害者を知ってから3年、または不法行為時から20年に行わなければなりません。
 ここで気をつけていただきたいのは「損害及び加害者」というところです。つまり、損害と加害者両方を知ってから3年以内ということです。ご注意ください。
 また、生命・身体の侵害による損害賠償の請求につきましては、損害及び加害者を知ってから5年、または権利を行使することができる時から20年となります。
 なお、この生命・身体の侵害による損害賠償の請求については、2020年4月施行の民法改正で新設された特則です。民法改正以前の旧民法での規定で記憶していた方はくれぐれもご注意ください。(20年という期間が除斥期間ではなく時効期間になったことも注意)
【参考】
生命・身体の侵害による損害賠償請求権の時効期間の特則
生命・身体の侵害による損害賠償請求権の時効期間の特則
※出典:法務省民事局『民法(債権関係)の改正に関する説明資料』
 
不法行為の責任能力

 ここからは、不法行為における加害者(債務者)の責任能力の問題について解説して参ります。

事例3
Aは小学三年生のBの過失により大怪我を負った。


 さて、この事例3で、AはBの不法行為責任を追及して損害賠償の請求ができるでしょうか?
 結論。AはBに損害賠償の請求はできません。なぜなら、Bが小学三年生だからです。
 
責任能力無き者、不法行為成立せず

 民法における責任能力とは、自分がやった事が法律上の責任を生ずるということを自分でわかっている能力です。
 わかりやすく言うと、法律上イケないことをしたら、それが法律上イケないことだと自分でわかっている能力です。
 学説上では、満12歳程度をもって責任能力ありとされています。
小学校卒業
 大体、小学生と中学生の間ぐらいで線引きされるイメージですね。
 また、心神喪失者なども責任能力なしと考えられ、不法行為が成立しません。
 例えば、通り魔事件があって犯人が心神喪失者と判断されれば、犯人の不法行為は成立せず免責となります。
 これは台風や地震に損害賠償請求できなければ野犬やヘビに損害賠償請求できないのと理屈は一緒で、これが近代法の責任主義の原理なのです。
 よく、通り魔みたいな事件が起こったときに「犯人の責任能力の有無」みたいな話が出てくるのは、現在の法律が、この近代法の責任主義の原理に立脚しているからです。

責任能力なき加害者に対し被害者が取れる手段と監督義務者とは

 さて、そうなると、事例3において被害者であるAは、泣き寝入りということになってしまうのでしょうか?
 実は、Aにはまだ2つ、損害賠償の請求手段が残されています。

1・小学三年生のBの親権者に、監督義務違反による損害賠償を請求する
2・1の監督義務者に代わってBを監督する者(例えば学校や教師)に、監督義務違反による損害賠償を請求する


 上記2つの手段が、被害者のAにできることです。
 念のため解説しますが、親権者(通常は親)には自分の子供の監督義務があります。
 監督義務とは、簡単に言うと「ちゃんと面倒みなさいよ」ということです。
 つまり、事例3のAが、小学三年生のBの親に監督義務違反を追及するという意味は「あなたは親なのにちゃんとBの面倒みてませんよね!それによって私は損害を被った。だからBの監督義務者である親のあなたに賠償請求します!」ということです。
 これが上記1の手段になります。
 ここまでで、親権者の監督義務についてと、その責任追及によりAは小学三年生のBの親権者に損害賠償の請求ができる、ということがわかりました。
 では、上記2の手段「監督義務者に代わって監督する者に損害賠償請求する」とは、どういう意味なのでしょうか?
 これはもうおわかりですよね。
 Bの通う学校やその学校の教師に対して、Aは損害賠償の請求ができるということです。
校舎
 学校や教師の責任も、親同様重大なのです。
 なお、現実には、事案ごとに状況を見て検証し、その者に監督義務違反があったかどうかが判断され、実際に損害賠償の請求ができるかどうかの結論は、個別具体的に出されます。(要するに結果はケースバイケースということ)
 以上、事例3でAができることをまとめるとこうなります。

AはBに対し直接、損害賠償の請求はできない。それはBがまだ小学三年生で責任能力がないから。そのかわりBの親権者(通常は親)か、場合によっては学校または教師に、監督義務違反による損害賠償の請求ができる

 念のため付け加えておきますが、被害者側のAにも過失があれば、それは過失相殺として考慮されます(請求できる金額に影響する等)。この点もご注意ください。

加害者が責任能力のある未成年の損害賠償請求

 続いて、次のような場合はどうなるのでしょう?

事例4
Aは中学三年生のBの過失により大怪我を負った。


 この事例4で、AはBに不法行為責任を追及して、損害賠償の請求ができるでしょうか?
 結論。AはBに不法行為責任を追及して損害賠償の請求ができます。なぜなら、中学三年生のBには責任能力があるからです。
 責任能力のある中学三年生のBは、損害の賠償義務を負います。

中学生に損害を賠償できる資力(お金)があるのか?

 ここでひとつ問題があります。
 果たして、まだ中学三年生のBに損害を賠償できるだけの資力、つまり、それだけのお金があるのか?という問題です。
 もし、Bがお金持ちのお坊ちゃんで毎年お年玉で100万はもらっている、みたいな感じなら、たとえBが中学三年生でも損害を賠償できるだけの資力があるかもしれません。でも、そんなの極めてマレですよね。
 すると、そんな珍しいケース以外の場合、つまり、通常のケースにおいては、被害者は困ってしまいます。
 そこで、判例では次のように示しています。

「被害者が親権者の監督義務違反とそれにより損害が生じたという一連の因果関係を立証すれば、被害者は親権者に対して損害賠償の請求ができる」

 親権者とは、通常は親のことです。
 監督義務とは、簡単に言うと「ちゃんと面倒みる義務」ということです。
 したがいまして、事例4のAは、中学三年生のBの不法行為は、Bの親権者の監督義務違反(ちゃんと面倒みなかったこと)によって起こり、それが原因となってAは損害を被ったということを立証できれば、AはBの親権者に対しても損害賠償の請求ができます。

補足
 民法において、未成年は特別扱いされます。
 それは、未成年を保護するためです。
 ですので、一連の事案に未成年が絡んでくると厄介なのです。
 例えば、大人同士であればフツーに有効な契約も、未成年が相手だと無効になったりあるいは違法になったり。
 未成年に関する問題は民法の学習においても重要で、そちらについては「制限行為能力者~未成年者の超基本」で詳しく解説していますので、そちらをご覧ください。

事理弁識能力

事例5
小学三年生のBは道路に急に飛び出した。スピード違反でバイクに乗っていたAは避けきれずにBにぶつかり怪我を負わせた。


 さて、この事例5では、スピード違反という過失のあるAの不法行為が成立し、BはAの不法行為責任を追及して損害賠償の請求ができます。
 ここまでは何の問題もないですよね。
 しかし!この場合、Aはきっとこう主張するはずです。
確かにオレにはスピード違反という過失がある。そしてBに怪我を負わせた。たがBにも急に飛び出してきたという過失があるじゃないか!だから過失相殺が認められるはずだ!
 この主張は、決してAの往生際が悪い訳ではなく、正当なものです。
 という訳で、さっさとまずは結論を申し上げます。
 事例5において、裁判所が過失相殺をすることは可能です。(任意相殺)
 裁判所が過失相殺することは可能という意味は、事案ごとに判断されるという意味です。
 要するに、ケースバイケースで裁判所が判断するということです。
裁判所
 いずれにせよ、事例5では、過失相殺される可能性はあるということです。
 そして、実際にAの主張が認められるかどうかは、事案を検証して裁判所が決めることになります。
 え?てゆーかそもそも小学三年生のBには責任能力がないから過失も認められないんじゃないの?
 ごもっともな指摘です。しかし、過失相殺において被害者側に問われる能力は、不法行為が成立するための責任能力ではなく、事理を弁識する程度でよいとされています。
 この事理弁識能力は、小学校入学程度で認められます。
 したがいまして、小学三年生のBには事理弁識能力が認められ、Bに事理弁識能力が認められるということは過失も認められるので、過失相殺の可能性があるということになるのです。

 それでは、次の場合はどうなるでしょう?

事例6
3歳児のBは道路に急に飛び出した。スピード違反でバイクに乗っていたAは避けきれずにBにぶつかり怪我を負わせた。


 この事例6の場合、過失相殺はどうなるでしょうか?
 結論。この場合はBの過失が認められず、過失相殺は認められません。なぜなら、歳児のBには事理弁識能力がないからです。
 事理弁識能力、おわかりになりましたよね。

不法行為・過失相殺の様々なケース

事例7
親権者の不注意により3歳児のBは道路に急に飛び出した。スピード違反でバイクに乗っていたAは避けきれずにBにぶつかり、怪我を負わせた。


 この事例7の場合は、Bの親権者の過失があります。
 このときは、Bの親権者の過失被害者側の過失として過失相殺の対象になります。

事例8
保育士の不注意により3歳児のBは道路に急に飛び出した。スピード違反でバイクに乗っていたAは避けきれずにBにぶつかり、怪我を負わせた。


 この事例8の場合、保育士の過失は被害者側の過失とは認められず、過失相殺の対象にはなりません。
 被害者側の過失とは、被害者と身分上ないし生活関係上一体をなすとみられるような関係にある者の過失、とされています。つまり、保育士はそれに当てはまらないのです。
 また、もし保育士の過失が被害者側の過失と認められてしまうと、実は子供の親が困ってしまいます。なぜなら、保育士の過失によって損害賠償の金額が減ってしまうからです。
 ただ自分の子供に怪我を負わされた親としては「そんなのたまったもんじゃない」となる訳です。

責任能力と事理弁識能力のまとめ

 責任能力12歳程度
 事理弁識能力小学校入学程度
 不法行為責任が生じるには責任能力が必要で、
 過失相殺の対象となる被害者の過失として認められるには事理弁識能力で足りる。
 このようになります。
 この違い、お気をつけください。

被害者の家族の損害賠償請求権
家族
 さて、最後は不法行為の被害者の家族の損害賠償請求権について解説します。

事例9
AはBの過失により大怪我を負った。AにはCという妻がいる。


 この事例9の場合、AがBに損害賠償請求ができるのは不法行為責任の基本として当然ですが、被害者のAの配偶者であるCが、加害者のBに損害賠償の請求ができるでしょうか?
 結論。被害者のAの配偶者であるCに財産上の損害が生じたとき、Cは加害者のBに対し、Aの分とは別に配偶者自身の損害賠償の請求ができます。
 Cに財産上の損害があれば、CはCとして、Bに対し損害賠償の請求ができるということです。
 ん?財産上の損害?じゃあ財産以外の損害、つまり慰謝料の請求はできないの?
 これがちょっと微妙な問題なんです。
 民法では次のように規定されています。

(近親者に対する損害の賠償)
民法711条
他人の生命を侵害した者は、被害者の父母、配偶者及び子に対しては、その財産権が侵害されなかった場合においても、損害の賠償をしなければならない。


 この民法711条の条文を見る限りでは、被害者のAの配偶者であるCには、慰謝料の請求は認められなそうです。なぜなら、Aの生命の侵害はない、つまり、Aが死亡した訳ではないからです。
 しかし!判例ではこの「生命の侵害」をもう少し幅広く捉え「死亡の場合に比肩し得る精神上の損害」にも、慰謝料の請求を認めています(顔面に大怪我を負った子供の母親に慰謝料請求権を認めたという判例がある)。
 したがって、配偶者Cの、加害者Bへの慰謝料の請求は、認められる可能性はあります。
 さらに付け加えて申し上げておきますと、判例では条文中の「父母、配偶者及び子」という部分も、もう少し幅広く解釈しております。(死亡した被害者と同居していた妹に、妹自身の慰謝料請求権を認めた。妹は死亡した兄の介護を受けていた)


 以上、不法行為についての解説になります。
 不法行為は、民法の中でも多くの人がリアルに捉えやすい問題なので、ある意味学習しやすいかもしれません。言い方を変えれば、多くの人にとって身近に起こりうる問題として、リアルな危機感を持って学習できる箇所とも言えますね。
 なお、以下に不法行為の問題に絡む、ちょっとしたコラムも記載しましたので、よろしければそちらもお読みいただければ幸いです。 

ちょこっとコラム
権利能力の始期

~人間はいつから権利能力を持つのか~

 ところで、人間はいつ権利能力を取得するのでしょうか?
 いきなり哲学的な話をする訳ではありませんよ(笑)。
 実は、この問題の結論が、不法行為の問題にも絡んでくるのです。
 例えば、まだ母親のお腹の中にいる胎児Aが産まれる以前に、父親が他人の不法行為で死亡したとき、母親は加害者に対する損害賠償請求権を得ます。
 ここまでは当然の話ですよね。そして実は、胎児Aも加害者に対する損害賠償請求権を得ます。

胎児の損害賠償請求権
妊婦(胎児)
 民法上の人間の権利能力の始期は、出生とされています。
 つまり「おぎゃー」とこの世に生きて産まれてきた時に、権利能力を取得するのです。
 もっと厳密に言うと、母親の体から赤ん坊の全身が出てきた時に、その赤ん坊は権利能力を取得します。
 この考えを全部露出説と言います。
 ちなみに、刑法では体の一部が出てきた時に権利能力を取得するという一部露出説を取ります。
 そして、死亡した時権利能力の終期です。
 ん?じゃあ胎児が損害賠償請求権を得るっておかしくね?
 確かに矛盾していますよね。
 民法では以下の3つの権利については、例外的胎児でも取得するとしています。

・不法行為に基づく損害賠償請求権
・相続※
・遺贈※

※相続と遺贈については家族法分野で詳しく解説いたしますのでここでは割愛します。

 さらに申し上げますと、厳密には上記3つの権利も、胎児の時にはいわば仮のような状態で、この世に出生した瞬間に正式に取得するとしており、これを停止条件説と言います。
 つまり「この世に生きて産まれてくること」が条件となり、その条件が満たされた瞬間に権利能力を取得する、ということです。
 一方、胎児の時からも正式に権利能力を取得して、もし死産になった時は権利能力は失われる、とする解除条件説という考えもありますが、判例は停止条件説を取ります(民事)。
 停止条件説ってややこしくね?
 確かにややこしいですよね。
 ではなぜ、判例が停止条件説を取るのかといいますと、胎児の時から正式に権利能力を取得するという解除条件説だと、胎児の代理人が成り立ってしまうからです。
 代理人が成り立ってしまうということは、胎児の損害賠償請求権を、胎児が生きて産まれてくる前に代理人が行使できてしまうことになります。
 したがって、解除条件説だと、胎児の権利を奪いかねないのです。なので、理屈としてはややこしいですが、判例は停止条件説を取るのです。
(民法における条件というものについての詳しい解説は「停止条件と解除条件、随意条件とは/既成条件と不能条件とは」をご覧ください)


 というわけで、今回は以上になります。
 宅建試験や行政書士試験や公務員試験などの民法の学習、独学、勉強、理解の助力としていただければ幸いです。
 最後までお読みいただきありがとうございます。
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【不法行為】その基本と過失相殺・権利行使期間について/責任能力&事理弁識能力&監督義務者とは/被害者家族と胎児の損害賠償請求権について
【使用者責任】事業執行の範囲とは/使用者の主張と立証責任の転換とは/使用者の求償権?社長個人は使用者責任を負うのか
【不法行為責任と債務不履行責任の違い】被害者側に有利なのは?損害賠償請求しやすいのは?
【共同不法行為】複数人で不法行為を行った場合の連帯責任と客観的共同関係とは
素材62
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【不動産以外の危険負担】イベント出演不可時のギャラ問題/特定物と不特定物とは

▼この記事でわかること
イベント出演等の危険負担
不特定物は危険負担にあらず
不特定物が特定物に変わる時
(上記クリックorタップでジャンプします)
 今回はこれらの事について、その内容、意味、結論、理由など、わかりやすく学習できますよう解説して参ります。
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不動産以外の危険負担
イベント出演等の危険負担
 
 危険負担と言えば引渡し前の建物の倒壊等、不動産のケースが真っ先に思い浮かびますが、不動産以外で危険負担の問題となる場合は、一体どうなっているのでしょうか?
(危険負担とは?など危険負担の基本についての解説は「危険負担の基本はババ抜き~代金支払い債務の行方は?」をご覧ください)
 まずは事例をご覧ください。 

事例1
スーパーギタリストAはB音楽事務所が主催するロックイベントに出演することを約束した。しかしイベント当日、地震による交通機関の麻痺により、Aはイベント会場に行くことができなかった。


 さて、この事例1において、スーパーギタリストAは出演料(ギャラ)はもらえるでしょうか?
 事例1では、AにもBにも過失(ミス・落ち度)がありません。よって、これは危険負担の問題になります。
 この事例で言えば「地震によってイベント出演ができなくなった」という危険を誰が負担するのか?という問題です。
 このような危険負担の問題は、契約の「目的物」を中心に考えます。
 では、この事例1においての、契約の目的物とはなんでしょう。
 それはAが出演することです。
 すると「Aが出演すること」に対しての債務者債権者ということになります。(これについての詳しい解説は「代金の支払いを買主は拒めるか~売主は債務者・買主は債権者」をご覧ください)。
 もっとわかりやすく言えば「出演する義務」がスーパーギタリストAにあり、「出演しろ!」と言う権利が音楽事務所Bにある、ということです。
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 で、出演料(ギャラ)はどうなるの?
 結論。AはBから出演料はもらえません。
 非常にわかりづらいと思いますが、根拠となる民法の条文こちらになります。

(債務者の危険負担等)
民法536条
1項 当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。
2項 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

 
 上記、民法536条1項の「債権者は反対給付の履行を拒むことができる」という部分を事例に当てはめると「音楽事務所Bは出演料の支払いを拒むことができる」となります。
 したがって、スーパーギタリストAは出演料をもらえません。
 繰り返しますが「Aが出演すること」は契約の目的物で、その契約の目的物の債権者はBです。

今回のポイントと出演契約で気を付けること

 繰り返しになりますが、重要なポイントだけ押さえていきます。
 条文の「当事者双方の責めに帰することができない」というのは、事例に当てはめると「AとB双方に過失(ミス・落ち度)がない」ということです。
 そして「債権者は反対給付の履行を拒むことができる」という部分は「Bは出演料の支払いを拒むことができる」となります。
 ちなみに反対給付というのは「Aが出演すること」に対するBからの給付、つまり「Aのギャラの支払い」のことです。
 なので「Aはギャラをもらえない」という結論になるのです。
 まあでも、この結論は、民法云々以前に、我々の一般的な常識から考えても当たり前の結論ですよね。
 いくらAがス-パーギタリストといえど当然の結果でしょう。
 もし、Aがこの結果に不服があるなら、出演前の交渉の段階でしっかりと細かい条件等の事項を詰めておかなければならなかった、というハナシです。

不特定物は危険負担にあらず
素材117ビール
 続いて、次のようなケースではどうなるでしょうか?

事例2
酒屋のAは、イベント会社のBから「ビール1ダースを午後3時までにパーティー会場に」との配達注文を受けた。しかし、Aは指定されたパーティー会場への配達の途中に地震に見舞われ転倒し、ビール瓶はすべて割れてしまった。


 さて、この事例の場合「ビール瓶が割れてしまった」という危険は、AとBのどちらが負担するのでしょうか?
 正解。これは危険負担の話ではありません。なぜなら、ビールは特定物ではなく不特定物だからです。
 不特定物ということは、世の中に替わりになる同じ物が存在するということを意味します。
 したがって、酒屋Aはたとえ午後3時に間に合わなかったとしても、新たなビール1ダースを積み直して届けなければなりません。でないと、Aは債務不履行に陥ってしまいます。
 地震というのは天災なので、Aに過失(ミス・落ち度)はありませんから、地震が原因で指定時間に遅れても債務不履行という扱いにはならないでしょう。
 現実には、AとBがお互い話し合ってどうするのかを決めることになると思いますが、何の話し合いも合意もないのであれば民法の原則として従来の約束を守らなければならないので、Aは指定時間に遅れてでも同じビール1ダースを積み直して、パーティー会場に届けなければなりません。それがAB間での債務の履行(約束を果たすこと)だからです。

「危険負担とは双務契約の当事者双方の責めに帰すことができない後発的不能の問題である」

 なんだか小難しい言い回しですが、簡単にわかりやすく言うと、危険負担とは「契約成立後、契約当事者のどちらにも過失(ミス・落ち度)がなく契約の履行(事例2で言えばビールを届けること)が不能になってしまった(後発的不能)」場合の話です。
 つまり、事例2の場合、替わりのビールを届けること(債務の履行)はできるから「後発的不能」にはならず、危険負担の話にはならないのです。
素材118宅配
補足:不特定物が特定物に変わる時

 ところで、不特定物が特定物に変わるのはいつなのか?という問題があります。
 え?不特定物が特定物に変わるの?
 はい。実はその規定は民法の条文にあります。

(種類債権)
民法401条2項
前項の場合において、債務者が物の給付をするのに必要な行為を完了し、又は債権者の同意を得てその給付すべき物を指定したときは、以後その物を債権の目的物とする。

※種類債権とは、一定の種類に属する物の一定量を引き渡すことを目的とする債権。ビール1ダースはまさにそれ。不特定物の債権種類債権と呼ぶ。

 この民法401条2項を読むだけではよくわからないと思いますが、条文では、不特定物が特定物に変わるタイミングとして2つの場合を定めています。

1・債務者が物を給付するのに必要な行為を完了した場合

 この場合、判例が以下の3パターンを認めている。
〈パターンA〉
 債務者が債権者の元へ物を届ける場合(これを持参債務という)、債権者の現在の住所において物を給付するのに必要な行為を完了した時に不特定物が特定され特定物に変わる。
 例→酒屋が注文者の自宅に注文を受けたビール1ダースを「どうぞ」と差し出した時
〈パターンB〉
 債権者が債務者のところに物を取りに行く場合(これを取立債務という)、履行を準備し給付物を分離してそれを債権者に通知した時に不特定物が特定され特定物に変わる。
 例→酒屋が「あの注文者のビール1ダースはこれ」と決めて、それを取り分けて「いつでもどうぞ」とその注文者に連絡した時
〈パターンC〉
 債権者の住所地以外の場所に送付する債務の場合(これを送付債務と言う)、送付することが債務者の義務であれば現実の提供時に、債務者の好意で送付する場合は発送時に、不特定物が特定され特定物に変わる。
 例→これはまさに事例3のケースで、酒屋のAがイベント会社B指定のパーティー会場にビール1ダースを実際に届けた時に、ビール1ダースは特定され特定物となる。

2・債権者の同意を得てその給付をすべき物を指定した場合

 例えば、酒屋が注文者の同意の上で「あの注文者の分はこの1ダース」と指定した時

 以上が、不特定物が特定され、特定物に変わる時になります。
 そして、不特定物が特定物に変わると、危険負担の話になります。
 したがって、理屈としては不特定物が特定され特定物に変わった瞬間に、物の「所有権と危険」が買主(債権者)に移転します。
 そう、それは地雷系の人が恋人になった瞬間、その地雷があらわになるみたいに..とは違いますね(笑)。


 というわけで、今回は以上になります。
 宅建試験や行政書士試験や公務員試験などの民法の学習、独学、勉強、理解の助力としていただければ幸いです。
 最後までお読みいただきありがとうございます。
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【危険負担】基本はババ抜き~代金支払い債務の行方は?/債務者主義と債権者主義とは

▼この記事でわかること
危険負担とはババ抜き?
売買代金の支払い債務はどうなるか
代金の支払いを買主は拒めるか~売主は債務者・買主は債権者
債務者主義と債権者主義
(上記クリックorタップでジャンプします)
 今回はこれらの事について、その内容、意味、結論、理由など、わかりやすく学習できますよう解説して参ります。
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危険負担
危険負担とはババ抜きみたいなもの?

 売買契約のような互いに債務を負う契約(これを双務契約と言う)

売主の債務→物を相手に引き渡す
買主の債務→金を相手に払う

 上記のような契約で、債務が履行される前(売主が相手に物を引き渡す前)に、お互いのどちらの責任にもならない事由(理由・原因)で債務の履行ができなくなったとき(売主・買主どちらの責任でもなく物が消滅した場合等)、その債務をどうするのか?という問題を危険負担と言います。
 まずはわかりやすく事例を見てみましょう。

事例
売主Aと買主BはA所有の甲建物の売買契約を締結した。しかし、その引渡し前に甲建物は地震によって倒壊した。


 これがまさに危険負担の問題となる典型的なケースです。

売買契約
A ― B
  甲建物
  (A所有)
  
Bへ引渡し前に倒壊

 つまり、売買契約はしたが引き渡し前に地震で甲建物がぶっ壊れた、じゃあその「甲建物がぶっ壊れた」という危険を売主Aと買主Bのどちらが負担するのか?すなわち危険負担ということです。
 要するに、危険負担とは危険というババをどちらが抜くか(負担するか)、つまり、売主vs買主のババ抜きみたいなものとも言えます。
素材114トランプ 
売買代金の支払いという債務はどうなるか

 事例で、売主Aは買主Bから売買代金をもらえるでしょうか?
 いやいやそれはムリっしょ?という声が聞こえてきそうですが、まさにこの問題について考えることこそ、民法上の危険負担というものについて本格的に考えていくこととなるのです。
 なお、不動産は全て特定物です。つまり、全く同じ物は世の中に他に存在しません。(たとえ全く同じ建物が近くにあっても、何なら同マンション内でも、建物内から見える景色は僅かでも変わりますよね...etc)
 この点はまず前提として覚えておいてください。

 それでは、危険負担について、いくつかのケースに分けて見ていきましょう。

1・AB間の売買契約の前日に甲建物が倒壊していた場合

 これは、原始的不能のケースです。
 原始的不能とは、契約成立時点ですでに債務が履行不能であることです。
 履行不能の場合、債権者はその債務の履行を請求することはできません。(民法412条の2)
 ここでの「債権者」とは、事例の買主Bのことです。
 したがって、買主Bは甲建物の引渡請求はできません。
 しかし、買主Bは、履行不能による無催告解除ができます。(民法542条1項1号)
 解除となれば、売買代金の支払いは発生しないと考えられます。
 ただし、履行不能で損害が発生していた場合は、損害の賠償を請求することができます。(民法412条の2・2項)

2・AB間の売買契約当初から甲建物に欠陥があった場合

 これは、売主Aの契約不適合責任(瑕疵担保責任)の話になります。
 契約不適合責任は無過失責任です。売主Aは過失がなくとも負わなければならない責任です。
 この場合、契約は一旦有効に成立しているので、売主Aは売買代金をもらえますが、買主Bは売主Aに対し契約不適合責任による修補の請求・修理代金の請求や損害の賠償の請求、場合によっては契約の解除も可能になります。
(契約不適合責任についての詳しい解説は「契約不適合責任(旧:瑕疵担保責任)~」をご覧ください)※
※今回の事例の場合、そもそも甲建物が倒壊しているので解除か損害賠償の請求が妥当かと思われる。

3・売主Aに過失(ミス)があって甲建物が全壊(滅失)あるいは損傷(一部が破損)した場合

 この場合は、売主Aの債務不履行の問題です。
 ですので、この場合も契約は一旦有効に成立しているので、Aは売買代金をもらえますが、買主Bは売主Aに対し債務不履行による損害賠償の請求、場合によっては契約の解除が可能になります。※
※債務不履行についての詳しい解説は「債権債務の世界がよくわかる!債務不履行&損害賠償&過失責任の原則など超基本から徹底解説!」をご覧ください。
 
 なお、上記2と3のケースで契約が解除された場合、結局、売主Aは受け取った売買代金を買主Bに返還しなければなりません(原状回復義務)

 さて、ここまで3つのケースを見てきました。
 しかし、これらはどれも危険負担の話ではありません。
 それでは、危険負担の話になる場合とはどんなときでしょうか?
 危険負担の話となるのは、次のようなケースです。

契約成立後、売主に過失なく建物が滅失または損傷した
 
 事例に当てはめるとこうです。

AB間の売買契約成立後、売主Aに過失がなく甲建物が全壊または一部が壊れた

 このようなケースが危険負担の話となります。
 そう、つまり冒頭の事例がまさににこのケースなのです。
 説明が回りくどくね?
 はい。スイマセン(笑)。しかし、わざわざ遠回りして別のケースをご説明してきたのには理由があります。

 私の経験上、危険負担については、かなりじっくりやらないと頭が混乱してしまうこと必至と考えます。
 ですので、回りくどいかもしれませんが、危険負担の話に入る前の前提として、確認しておくべきことを確認した次第なのです。
 前提の部分が曖昧なままだと、分かりやすい分りづらい以前のハナシになってしまいますから。
 引っ張るような形になってしまいましたが、まずは危険負担を理解するための前提として、ここまでの内容をしっかり覚えておいてください。

売買契約後引渡し前に倒壊した建物
代金の支払いを買主は拒めるのか


 ここで再度、事例の確認です。

事例
売主Aと買主BはA所有の甲建物の売買契約を締結した。しかし、その引渡し前に甲建物は地震によって倒壊した。


 危険負担が問題となるケースとは、AB間の売買契約成立後売主A買主B双方に過失(ミス・落ち度)がなく甲建物が全壊または一部が壊れた場合です。事例はそのケースを想定しています。
 では本題に入りましょう。
 このときに、売主Aは売買代金をもらえるのでしょうか?

売主は債務者、買主は債権者

 まず、危険負担について考えるときの基本事項です。
 危険負担の話においては、売主債務者買主債権者となります。
 これは、契約の対象となっている「目的物」を基準に考えるからです。
 事例に当てはめると、甲建物を基準に考えて、売主のA債務者買主のB債権者となります。
 この危険負担の基本は、最初は感覚的に馴染まないと思います。ですが、まずはここをしっかり覚えてください。
 繰り返します。
 危険負担に関しては「金」ではなく「目的物」を中心に考えるので

目的物の引渡し義務のある売主が債務者
目的物をよこせと請求する権利がある買主が債権者


となります。

売主、買主ともに過失がない

 これが一番の問題点であり、危険負担の本質です。
 事例で考えると、売主Aも買主Bも過失(ミス・落ち度)がなく、ましてや地震は天災です。
 つまり、売主A買主Bどちらも悪くないんです。
 では甲建物の倒壊の負担は誰が負うのか?
 これはいわばババ抜き状態です。
「甲建物の倒壊」というババをどちらが抜く(負担する)のか、売主vs買主のババ抜き対決です。
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 まずは売主Aと買主B、互いの言い分を聞いてみましょう。

・売主Aの言い分
「甲建物が倒壊したのはアタイのせいじゃない!だからBは約束の金を払いな!」

・買主Bの言い分

「甲建物が倒壊したのはオイラのせいじゃねぇ!金だけ取られてたまるかってんだ!」

 このようになります。若干のキャラ設定は気にしないでくださいね(笑)。
 どちらの言い分も間違ってはいません。どちらも悪くありません。
 しかし!誰も悪くないけど誰かが負担しなければならない、それが危険負担なんです。
 つまり、売主Aか買主B、そのどちらかが「甲建物の倒壊」という危険負担しなければならない、だから危険負担なんです。

債務者主義と債権者主義

 危険負担の問題に関しましては、債務者主義という考え方と、債権者主義という考え方があります。

【債務者主義】

 売主(債務者)はお金をもらえない、つまり、売主(債務者)が危険を負担すべきという考え

【債権者主義】

 買主(債権者)はお金を払うべき、つまり、買主(債権者)が危険を負担すべきという考え

 では、民法の条文はどうなっているのでしょうか?

(債務者の危険負担等)
民法536条
当事者双方責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。
2項 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。


 上記、民法536条冒頭の「当事者双方の責めに帰することができない」というのは「売主にも買主にも過失(ミス・落ち度)がない」という意味です。
 そして「債権者は反対給付の履行を拒むことができる」というのは「買主は売買代金の支払いを拒める」という意味です。
 以上の事から、民法の規定は債務者主義という立場なのがわかります。(改正前の民法は債権者主義だった)
 という事で、売主Aは売買代金をもらえるのか?その答えはもう出ましたね。
 結論。売主Aは甲建物の売買代金はもらえません。
 
買主Bは甲建物の売買代金を払わなくても良いのです。
 よって、ババ抜き対決の勝者は買主Bです。
 また、買主Bは、履行不能による無催告解除ができます。(民法542条1項1号)

 なお、ひとつ注意点としまして、民法536条は反対給付債務(買主Bの代金支払い債務)の履行拒絶権(代金支払いを拒める権利)を定めているのであって、反対給付債務自体(買主Bの代金支払い債務自体)が消滅する訳ではありませんので、ご注意ください。
 また上記条文2項にあるように、甲建物の倒壊の原因買主Bによるものであれば、買主Bは売買代金の支払いを拒めませんので、このときは、売主Aは売買代金をもらえます。
 ちなみに、買主Bが甲建物の引渡しを受けた後に、その原因が売主A買主B双方によるものでなく滅失・損傷したときは、買主Bは代金の支払(反対給付の履行)を拒むことはできません。
 また、この場合は、買主Bは売主Aの契約不適合責任を追及することもできません。(民法567条)

(目的物の滅失等についての危険の移転)
民法567条
売主が買主に目的物(売買の目的として特定したものに限る。以下この条において同じ。)を引き渡した場合において、その引渡しがあった時以後にその目的物が当事者双方の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、買主は、その滅失又は損傷を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。この場合において、
買主は、代金の支払を拒むことができない。

 というわけで、今回は以上になります。
 宅建試験や行政書士試験や公務員試験などの民法の学習、独学、勉強、理解の助力としていただければ幸いです。
 最後までお読みいただきありがとうございます。
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【契約不適合責任(旧瑕疵担保責任)】履行の追完請求と代金減額請求/事業上の損害の賠償請求は可能?解除は?権利の行使期間は?

▼この記事でわかること
契約不適合責任(旧:瑕疵担保責任)の超基本
契約不適合責任に基づいた履行の追完請求と代金減額請求
契約不適合責任による損害賠償請求と解除
(上記クリックorタップでジャンプします)
 今回はこれらの事について、その内容、意味、結論、理由など、わかりやすく学習できますよう解説して参ります。
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契約不適合責任(旧:瑕疵担保責任)

 契約不適合責任は、民法改正以前は瑕疵担保責任と言われていたものです。(読み方は「かしたんぽせきにん」。瑕疵とはキズとか欠陥という意味)
 これは契約というものにおいて非常に重要な規定ですので、是非覚えておくことを推奨します。
 まずは事例をご覧ください。

事例
AはBから中古の自動車を購入した。しかし、購入後すぐに自動車のエンジンが故障した。整備工場で調べるとエンジンにはAB間の売買以前からの欠陥があり、その欠陥が原因となってエンジンが故障したことが判明した。さらにAはこの自動車を事業用に購入していて、この故障が原因で事業上の損害も発生した。


 この事例で、Aは何ができるのか?という問題に入る前に、この事例1にはいくつかのポイントがありますので、まずはそこを解説します。

・ポイント1
 Aが購入した自動車は中古の自動車
 これは特定物なので、全く同じ物が他に存在しない(新車は不特定物)。要するに替えがきかない物ということ。

・ポイント2
 エンジンにはAB間の売買以前から欠陥(瑕疵)がある。
 つまり、AB間の売買契約前の欠陥ということ。(欠陥発生が契約前か後かで法律構成が変わってくる)

・ポイント3

 欠陥は相当がっちり調べてみないとわからないような欠陥なので、売主Bには過失(ミス・落ち度)がないと思われる。

 上記3つのポイントを押さえた上で、次の民法の条文をご覧ください。

(特定物の現状による引渡し)
民法483条
債権の目的が特定物の引渡しである場合において、契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らしてその引渡しをすべき時の品質を定めることができないときは、弁済をする者は、その引渡しをすべき時の現状でその物を引き渡さなければならない。

 
 上記、民法483条条文中の「弁済をする者」とは事例の場合、売主Bのことです。
 そして、まず結論的な事を言いますと、事例は売主Bの契約不適合責任となります。
 Bに過失(ミス・落ち度)はないのにBの責任問題になるの?
 そう思いますよね。そもそも中古の自動車は特定物で、民法483条の規定により、引渡し時の現状で引き渡せばいいはずです。
 引渡し時に欠陥があるなら、それをそのまま引き渡しても売主は債務を履行した(約束を果たした)ことになるはずでしょう。
 よって売主Bは、引渡し時にすでに欠陥のある中古自動車(特定物)をそのまま買主Aに引き渡しても債務の履行を果たしたことになり、Bの債務不履行にはならないから、Bには責任は生じないのでは。。。
 しかし、契約不適合責任は、契約が不適合であることの責任です。そして、契約不適合責任の中には売主に帰責事由がなくても負う責任があるのです。
 帰責事由がなくても負う責任とは、過失(ミス・落ち度)がなく責任を負うべき理由がなかったとしても負わなければならない責任です。
 したがって、帰責事由のない売主Bも、契約不適合責任を負うことになるのです。
 なお、民法改正以前の瑕疵担保責任においては、目的物が特定物でないと制度が適用されませんでしたが、民法改正後の契約不適合責任では、目的物が特定物でなくとも適用されます。

契約不適合責任に基づいた履行の追完請求と代金減額請求
素材112債権
 さて、では買主Aは売主Bに対して、その契約不適合責任に基づいて、一体どんな請求ができるのでしょうか?

買主Aは売主Bに自動車の修理を請求できる?
 買主Aは売主Bに修理の請求ができます。この請求は、少し難しい言い方になりますが「目的物の修補」の請求となります。

買主Aは売主Bに自動車の修理代金の請求はできる?
 買主Aは売主Bに修理の代金の請求ができます。

 上記2つの請求権は、民法562条の規定に基づく買主の追完請求権になります。

(買主の追完請求権)
民法562条
引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるときは、買主は、売主に対し、目的物の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができる。ただし、売主は、買主に不相当な負担を課するものでないときは、買主が請求した方法と異なる方法による履行の追完をすることができる。
2項 前項の不適合が買主の責めに帰すべき事由によるものであるときは、買主は、同項の規定による履行の追完の請求をすることができない。


 なお、上記民法562条2項の条文から、契約の不適合が買主の責任によるものである場合は、追完請求はできません。
 つまり、もし今回の事例で、車の欠陥が買主Aの過失(ミス・落ち度)によるものであれば、Aは売主Bに対して修理の請求も修理代金の請求もできない、ということです。
 まあ、当たり前ですよね。
 
 また、買主が修補請求(履行の追完請求)をしても売主が修補しないとき、あるいは修補が不能であるときは、買主は売主に対し代金減額請求ができます。
 つまり、買主は売主に「修補(履行の追完)できねーなら安くしろ!」と言える、ということです。

(買主の代金減額請求権)
民法563条
前条第一項本文に規定する場合において、買主が相当の期間を定めて履行の追完の催告をし、その期間内に履行の追完がないときは、買主は、その不適合の程度に応じて
代金の減額を請求することができる。

いつまで請求できる?権利の行使期間

 追完請求も代金減額請求も、買主が不適合の事実を知ってから1年以内にその旨を売主に通知しないと請求できなくなってしまいます。
 したがって、事例の場合、買主Aは売主Bに対して車の欠陥を知ってから1年以内にその旨を通知しないと追完請求も代金減額請求もできなくなってしまうという訳です。
 ここで注意点があります。
 それは事実を知ってから1年以内の通知という部分です。
 これは、あくまで通知であって、実際の「修補しろ!」「金払え!」「安くしろ」という請求通知した後で構わないという事です。
 細かい部分ですが「1年以内の請求」ではない、ということは覚えておいてください。
 こういう部分は試験で問われやすいです。

契約不適合責任(瑕疵担保責任)による損害賠償請求

 ここでもう一度、事例をご覧ください。
 
事例
AはBから中古の自動車を購入した。しかし、購入後すぐに自動車のエンジンが故障した。整備工場で調べるとエンジンにはAB間の売買以前からの欠陥があり、その欠陥が原因となってエンジンが故障したことが判明した。さらにAはこの自動車を事業用に購入していて、この故障が原因で事業上の損害も発生した。


 さて、今回の事例で、買主Aは売主Bに対し自動車の故障によって生じた、事業上の損害の賠償請求はできるでしょうか?
 結論。買主Aは売主Bに対し事業上の損害の賠償請求はできません。
 なぜなら、売主Bには過失など帰責事由がないからです。売主が負う契約不適合責任の「帰責事由がなくても負う責任」の中には、損害賠償責任は含まれません。これは「事業上の」損害であるかにかかわらず、です。
 売主に帰責事由がなければ、損害の賠償請求はできません。

【補足】事業上の損害とは
信頼利益と履行利益

 一般に、損害賠償の範囲の考え方については、次のようなことが言われています。

・信頼利益
 有効でない契約が有効に成立したと誤信したため生じた損害(契約できると間違って信じたことによって生じた損害)、これを信頼利益という。
例→契約のため目的地に行くためにかかった交通費

・履行利益
 契約が完全に履行された場合に債権者が受ける利益、これを履行利益という。
例→商品の転売の利益(買主がその商品を買えていればそれを売って儲けられたであろう利益)

 この説明だけでは今ひとつピンと来ないですよね。
 事例に当てはめるとこうなります。

・中古の自動車の修理代金信頼利益
事業上の損害履行利益


ここがポイント女性
売主に過失など帰責事由があった場合


 売主に過失など帰責事由があった場合は、契約不適合責任により、買主は売主に対し損害の賠償請求をすることができます。
 そして、このときの損害賠償の範囲についてですが、民法改正以前の瑕疵担保責任における損害賠償の範囲信頼利益に限りました。この考えを法定責任説と言い、(別の見解の学説もありましたが)法定責任説は裁判所の見解とも一致するものでした。
 しかし、民法改正によって瑕疵担保責任が契約不適合責任となり、要件を満たした場合は、買主から売主へ履行利益を含めた損害賠償の請求も認められます。
 
買主Aは契約の解除はできる?

 民法改正以前の瑕疵担保責任においては、買主が善意でかつ隠れた瑕疵(事例で言えば整備工場でやっとみつかった中古自動車の欠陥)のために契約の目的を達することができないとき、契約の解除可能でした。
 しかし、民法改正により、解除については債務不履行の一般規律に従うことになります。
 したがいまして、債務不履行の一般規律に従い要件を満たせば、買主Aは契約の解除も可能です。

【参考】
契約不適合責任に基づいた買主から売主に対する請求についての法務省資料
契約不適合責任
※出典:法務省民事局『民法(債権関係)の改正に関する説明資料』

 なお、解除に関する民法の規定は以下のようなものがあります。

(催告による解除)
民法541条
当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。ただし、その期間を経過した時における債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りでない。


 上記、民法541条の規定を事例に当てはめて考えると「自動車の欠陥が軽微なものでなければ契約の解除はできる」ということになります。
 ではどの程度が軽微なのか?ですが、これについては明確な客観的な定義がある訳ではなく、事案ごとに個別具体的に見ていくことになります。
 ですので、2020年4月施行の民法改正以降の判例(裁判結果)の集積により定まっていくことになるでしょう。

 なお、債務不履行による解約の解除について詳しくは「(動産の)契約解除の3要件~債務不履行・帰責事由・相当の期間を定めた催告とは」にて解説しておりますので、そちらも併せてお読みいただくとより理解が深まるかと存じます。

 というわけで、今回は以上になります。
 宅建試験や行政書士試験や公務員試験などの民法の学習、独学、勉強、理解の助力としていただければ幸いです。
 最後までお読みいただきありがとうございます。
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▼この記事でわかること
他人物売買の基本
全部他人物売買
一部他人物売買
数量指示売買(数量不足、物の一部滅失)
売主の義務(旧:担保責任)まとめ~請求可否一覧
(上記クリックorタップでジャンプします)
 今回はこれらの事について、その内容、意味、結論、理由など、わかりやすく学習できますよう解説して参ります。
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売主の担保責任
他人物売買の基本

 売買契約は契約の基本です。コンビニでパンを買うのも売買契約です。
 ここで一度、売買の基本について触れておきます。
 売買契約は「買います」「売ります」で成立する諾成契約で、買主には代金支払い債務(代金を支払う義務)、売主には目的物の引渡し債務(売った物を引き渡す義務)、つまり、契約当事者双方に債務が生じる双務契約です。
 そして、この売買というものについての民法の条文はこちらです。

(売買)
民法555条
売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。


 この民法555条条文ではなんだか小難しく書いていますので、しっかり読まなくても結構です。
 ポイントだけ押さえます。
 ポイントは「ある財産権」という部分です。「自分の財産権」とは書いていませんよね?これはつまり、他人の財産権も売買していいという意味も含んでいます。すなわち、他人の物も売買していいのです。
 例えば、このようなことも有効です。

事例
売主AはB所有の甲不動産を買主Cに売却した


   売却
売主A → 買主C
  甲不動産
   (B所有)

 このような売買も有効です。
 え?マジで?
 はい。これはAを不動産業者と考えるとわかりやすいと思います。

所有権はどうなる?
?女性
 ここが気になるところですよね。
 事例の段階では、甲不動産の所有権はまだBにあります。しかし、甲不動産の売買契約を結んだのはAとCであり、その売買契約によって生じる債権債務も、あくまでAとCだけです。
 どゆこと?
 これはAとCが甲不動産の売買契約によって負う債務を考えればわかります。
 まず、Cが負う債務は売買代金支払い債務です。これは簡単ですね。では、Aが負う債務はなんなのでしょう?
 Aが負う債務は、B所有の甲不動産の所有権を自ら取得してその所有権をCに移転する債務、です。 
 実は、この他人物売買については、民法555条以外に条文があります。

(他人の権利の売買における売主の義務)
民法561条
他人の権利(権利の一部が他人に属する場合におけるその権利の一部を含む。)を売買の目的としたときは、売主は、
その権利を取得して買主に移転する義務を負う。

 この民法561条で、まさに事例でAが負う債務を説明してますよね。
 肝心の事例の甲不動産の所有権の行方ですが、Aが甲不動産の所有権を取得したと同時にその所有権がCに移転します。
 現実には甲不動産の登記手続きを経て行うので「B→A、A→C」と所有権が移転します。なので実際は(対抗要件を備えた形で)完全に同時に移転という訳にはいきませんが、法的な理屈上は同時に移転という事になります。
 ですので、まずはこの法的な理屈を覚えておいてください。

【登記の移転についての補足】

 AはB所有の甲不動産の所有権を自ら取得した上でCに移転するので、現実の登記移転手続きを経た所有権は「B→A→C」と移転することになります。
 ん?Aはすっ飛ばしてB→Cってやっちゃった方が早くね?
 はい。そのとおりです。Aを省いて「B→C」と登記を移転させることを中間省略登記と言います。そして、中間省略登記は違法とされていますが、これはちょっとグレーな問題でもあるので、当サイトではこれ以上は触れるのは控えさせていただきます。
 とにかくまずは、ここまで解説してきた法的な理屈を覚えていただければと存じます。

全部他人物売買

 それでは、こちらの事例をご覧ください。

事例1
売主Aは買主Cと甲不動産の売買契約を締結した。しかし、甲不動産はB所有の物で、売主AはBから所有権を取得してCに移転するつもりだったが、それができなかった。


 この事例1は、他人物売買がうまくいかなかったパターンですね。

  売買契約
売主A ― 買主C
  甲不動産
   (B所有)
     ↑
 A取得できず...

 さて、この場合に、買主Cは何ができるでしょうか?
 実は、それはAが善意か悪意かで、できることが変わってきます。

【買主Cが善意の場合】
 Cが善意というのは「甲不動産が本当はB所有の物とは知らず売主Aの物だと誤信していた(誤って信じていた)」という意味です。
 この場合は、買主Cの保護の必要性が高いと考えられ、Cは契約の解除ができ、加えて損害賠償の請求もできます。

【買主Cが悪意の場合】

 Cが悪意というのは「甲不動産がB所有の物だと知っていた」という意味です。
 この場合、は契約の解除ができます。悪意なのに?という声が聞こえてきそうですが、次のように考えるとよくわかるでしょう。
 「売主Aは不動産業者で、買主Cは不動産業者のAにB所有の甲不動産の転売を依頼したクライアント」

     売買契約
不動産業者A ― クライアントC
     甲不動産
      (B所有)
        ↑
    A取得できず...

 このように考えると「ありそうなハナシじゃん」となりますよね。
 よって、買主Cは悪意でも契約の解除ができるという訳です。
 しかし、損害賠償の請求はできません。そこまでの権利は、悪意の買主Cには認められません。
 なぜなら、そもそも買主C(クライアントC)が甲不動産をB所有の物だと知っていたなら、少なからずCにも、その所有権移転が失敗する可能性は予測できると考えられるからです。
 妥当な理屈ですよね。
女性講師
 ここまで、おわかりになっていただけましたでしょうか。
 ここからさらに深く掘り下げて参ります。

売主からの解除はできるのか

 実は、売主Aからの解除も可能です。ただし!売主Aが善意の場合のみです。
 売主Aが善意の場合とは、甲不動産がB所有ではなくA所有だと誤信していたケースです。

  売買契約
売主A ― 買主C
  甲不動産
   (B所有)
     ↑
 A所有だと誤信

 つまり、AがB所有の甲不動産を自分が所有していると誤って信じていたケースです。
 どんなケースやねんそれ!
 ツッコミたくなりますよね(笑)。正直言ってAは善意というよりただのマヌケという気もしますが...とにかく、売主Aが善意であれば、売主側からの解除も可能ということです。
 ただし!その場合も、買主Cが善意であれば、売主Aは善意のCに損害を賠償した上で解除する必要があります。
 なお、買主Cが悪意の場合は、売主Aは損害の賠償ナシで解除できます。

【売主Aに過失があった場合は?】

 例えば、こんな場合はどうでしょう。
 売主Aが「B所有の甲不動産の所有権、確実に移転できます!」と、買主Cに大見栄を切っていたら?
 このような場合、買主Cは悪意(甲不動産がB所有という事情を知っている)ではありますが「それなら甲不動産の所有権の取得は大丈夫だな」と、売主Aを信頼しますよね。
 判例では、その信頼は保護すべきだとして、買主に売主の債務不履行による損害賠償の請求を認めています。
 このような場合においての結論も、覚えておいていただければと存じます。

一部他人物売買

 続いては一部他人物売買のケースを解説します。

事例2
売主Aは買主Cと甲土地の売買契約を締結した。しかし、甲土地はAとBの共有の土地で、売主AはBから持分権を取得できなかった。


 これは一部他人物売買の事例です。
 ちなみに、甲土地がAとCの共有という意味は、甲土地の所有権をAとCで共有しているという意味です。

   売買契約
売主A ― 買主C
    甲土地
   (AB共有)

 現実には、それぞれの持分の割合を決め、共有の登記をします。そして、それぞれの持分の権利を持分権と言います。
 実際によくあるのが、AとBが兄弟で親の土地を相続した、というケースです。共有や相続に関しましてはまた改めてご説明いたします。(共有についての詳しい解説は「共有~持分権とは/共有物の使用方法&変更&管理&保存について」をご覧ください)
 話を事例に戻します。
 この事例2で、買主Cは何ができるでしょうか?
 この一部他人物売買でも、全部他人物売買と同様、買主Cが善意か悪意かによって、できることが変わってきます。

【買主Cが善意の場合】

 Cが善意というのは、つまり「甲土地の一部が他人の物とは知らず甲土地全てが売主Aの物だと誤信していた」という意味です。
 この場合は、買主Cの保護の必要性が高いと考えられ、Aの持分だけでは買主Cは甲土地を買い受けることはなかったときは、つまり「Aの持分だけ?それだったらいらねーよ」となっていたときは、契約の解除ができます。
 加えて、損害が発生していれば損害賠償請求も可能です。
 また、Aの持分の割合に応じた代金減額請求当然に可能です。
 なお、2020年4月施行の民法改正により履行の追完請求も可能になりました。履行の追完請求とは、要するに買主が売主に対して「足りない部分(不備)をなんとかしろ(是正しろ)」と請求することです。

【買主Cが悪意の場合】

 Cが悪意というのは、つまり「甲土地の一部が他人の物と知っていた」という意味です。
 この場合、買主CはBの持分を取得できない可能性も想定した上で行動すべきと考えられます。
 よって悪意の買主Bは、契約の解除も損害賠償の請求もできません。
 しかし、代金減額請求だけは認められています。なぜなら、このような取引も現実に珍しい訳ではないからです。
 例えば、兄弟のAとBが甲土地を共同相続して、売主Aが「Bはオレが説得する」と買主Cに言ってるようなケースです。
 ですので、買主が悪意でも代金減額請求だけは認められているのです。

買主Cの解除権
及び損害賠償請求権
及び代金減額請求権
及び追完請求権の行使には期間の制限がある


 買主Cは、善意であれば解除、損害賠償請求、代金減額請求、履行の追完請求ができます。悪意の場合は、代金減額請求のみできます。
 ただし!一部他人物売買においては、上記の買主の権利の行使には、期間の制限があります。
 なぜなら、権利の行使に期間制限がないと、第三者を巻き込んでいつまでも権利関係がごちゃごちゃしてしまいかねないからです。それを民法は嫌うからです。
 そして、この権利の行使の期間の制限も、善意と悪意で異なります。

【買主Cが善意の場合】
 甲土地の一部が他人(A以外)の物だという事実を知った時から1年以内に通知
「1年以内の通知」の意味は、1年以内に相手方へ通知(お知らせ)して、本格的な請求はその後でもOKということ。ただ、最低限通知はしておかないとその後の請求もできなくなってしまう(請求する権利が無くなってしまう)。

【買主Bが悪意の場合】
 甲土地の売買契約を締結した時から1年

 このようになります。同じ1年でも、その起算点(期間の計算のスタート地点)が違いますので、ご注意ください。
 こういう部分は試験でもよく問われます。
 ちなみに、全部他人物売買においては、上記のような買主の権利の行使の期間の制限はありません。これも併せて覚えておいてください。

数量指示売買(数量不足、物の一部滅失)

事例3
売主Aは甲土地を買主Bに売却した。売買代金は登記簿上の地積に坪単価を掛けて算出した。しかし、甲土地を実測すると登記簿上の地積には足りなかった。


 これはどういう事例かというと、こういうことです。
「Aが売った土地の面積が、Bが買ってから実際に測ってみたら、登記簿に記されていた面積よりも少なかった」
 登記簿(登記事項証明書)には面積が記されています。しかし、実測してみると(実際測ってみると)登記簿と違うことがあります。
 まさに、この事例ではそれが起こったという訳です。
 さて、ではこの事例3で、買主Bは何ができるでしょうか?

【買主Bが善意の場合】
 善意の買主Bは「残存する部分のみであれば買主がこれを買い受けなかったとき」、つまり、登記簿上よりも少ない実測した実際の甲土地の面積(部分のみ)では買主Bは買い受けなかったであろうときは、契約の解除ができます。
 加えて、損害が発生していれば損害賠償の請求も可能です。また、代金減額請求は当然に可能で、履行の追完請求も可能です。

【買主Bが悪意の場合】

 民法は、買主が目的物の数量が不足しているのを知りながら契約をするのは通常ありえないと考えます。
 ですので、この場合の条文は存在しません。そんな条文まで作っていたらキリがなくなってしまいますからね。
 したがって、この場合は原則何もできないと思っておいて結構です。(現実には個別具体的な判断になると思われます)

 という訳で、買主Bは善意の場合に限り、上記のような権利を行使できます。
 ただし!その権利の行使には期間の制限があります。事実を知ってから1年以内の通知です。
 あんまり時間が経ってから「数量が足りない!」だなんて揉められても、事実関係が不明瞭になりがちですし、裁判所も困ります。
 よって、事実を知ってから1年以内の通知という期間制限を設けています。
一本指
 以上、まとめるとこうなります。

「買主Bは善意の場合に限り残存する部分のみであればこれ(甲土地)を買い受けなかったときには契約の解除ができ、損害が発生していれば損害賠償の請求も可能。また、代金減額請求は当然にできるし、履行の追完請求も可能。
ただし、善意の買主Bのそれらの権利の行使は、甲土地の面積が登記簿上より実際は足りなかった、という事実を知ってから1年以内の通知で行わなければならない」

 ところで、事例3でご説明した内容は「売買の目的物の数量が不足していたとき」の話です。
 ではこれが「売買の目的物の数量が多すぎたとき」にはどうでしょう?このときに、売主からの代金減額請求は可能でしょうか?
 結論。売主からの代金減額請求はできません。これは、判例でそのように結論づけられています。売主がおっちょこちょいだった、で終わってしまうということです。


売主の義務(旧:担保責任)まとめ
~請求可否一覧~


 初めて学習された方は頭がごちゃごちゃになったかもしれません。私もそうでした。
 ですので、最後に要件と結論の部分だけをまとめておきます。

全部他人物売買契約

【買主が善意のとき】
契約の解除◯
損害賠償の請求◯
権利行使期間→規定なし
【買主が悪意のとき】
契約の解除◯
損害賠償の請求×
権利行使期間→規定なし
売主に過失があるときのみ損害賠償の請求◯

【売主からの解除】
売主が善意のときのみ◯
買主が善意のときは買主に損害を賠償した上で

一部他人物売買

【買主が善意のとき】
売主持分だけではこれを買い受けなかったとき契約の解除〇
損害が発生していれば損害賠償の請求〇
代金減額請求〇
履行の追完請求〇
権利行使期間→事実を知った時から1年以内の通知
【買主が悪意のとき】
契約の解除×
損害賠償の請求×
代金減額請求〇
履行の追完請求×
権利行使期間→契約の時から1年以内の通知

数量指示売買(数量不足、物の一部滅失)

【買主が善意のとき】
残存する部分のみであればこれを買い受けなかったとき契約の解除〇
損害が発生していれば損害賠償の請求〇
代金減額請求〇
履行の追完請求〇
権利行使期間→事実を知った時から1年以内の通知
【買主が悪意のとき】
規定なし

 このようになります。
 いかがでしたでしょうか。
 頭がごちゃごちゃしてしまっている方もいらっしゃると思います。
 まる暗記できるならそれで良いですが、中々それも難しいので、全てのケースを一辺に考えようとせず、ひとつひとつ理解・整理しながら考えて覚えていってみてください。

 というわけで、今回は以上になります。
 宅建試験や行政書士試験や公務員試験などの民法の学習、独学、勉強、理解の助力としていただければ幸いです。
 最後までお読みいただきありがとうございます。

【不動産売買契約】登記と解除前&解除後の第三者/背信的悪意者と信義則について

▼この記事でわかること
登記と解除前の第三者
登記と解除後の第三者
背信的悪意者と信義則
(上記クリックorタップでジャンプします)
 今回はこれらの事について、その内容、意味、結論、理由など、わかりやすく学習できますよう解説して参ります。
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不動産売買契約の解除
登記と解除前の第三者

 登記のルールがある不動産での契約の解除の効果は、一体どのようになっているのでしょうか?
 まずは事例をご覧ください。
 (不動産売買契約と解除の基本についての詳しい解説は「不動産売買契約と解除~手付放棄と手付倍返しとは」をご覧ください)

事例1
Aは不動産業者のBに甲土地を売却し、Bは登記をした。その後、AはBの売買代金の不履行(Bの債務不履行)によりAB間の甲土地の売買契約を解除した。しかし、すでに不動産業者のBはCに甲土地を転売し、Cは登記をしていた。


 この事例1で、Aは甲土地の所有権の主張ができるでしょうか?
 ポイントは、第三者のCが解除前に現れているという点です。

   売却     転売
売主A  業者B → C(甲土地)
   登記     登記
   
      解除        甲土地
売主A  業者B    C
           解除前に登記

甲土地の所有権はどうなる?

 まずは民法の条文を確認してみましょう。

(解除の効果)
民法545条
当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。


 先ほど申し上げたポイントと上記、民法545条条文のただし書で、察しの良い方はもうおわかりかと思います。
 結論。事例1において、Aは甲建物の所有権の主張はできません。なぜなら、民法545条ただし書の規定により、第三者であるCの権利を害することはできないからです。
 したがいまして、事例1の甲土地をめぐる所有権争奪バトルはCの勝ちです。

 それでは続きまして、こちらの事例ではどうなるでしょう。

事例2
Aは不動産業者のBに甲土地を売却し、Bは登記をした。その後、AはBの売買代金の不履行(Bの債務不履行)によりAB間の甲土地の売買契約を解除した。しかし、すでに不動産業者のBはCに甲土地を転売していた。なお、Cは登記を備えていない。


 事例1との違いは、第三者のCが登記を備えていない(未登記)という点です。Cが未登記ということは、甲土地の登記はBのままということです。

   売却     転売
売主A  業者B → C(甲土地)
   登記    未登記
   
      解除           甲土地
売主A  業者B    C
        登記       未登記

甲土地の所有権はどうなる?

 では事例2の場合、Aは甲土地の所有権を主張できるのでしょうか?
 結論。事例2の場合、Aは所有権の主張ができます。
 え?登記の有無については条文になくね?
 ないです。しかし、判例では「第三者が勝つためには登記が必要だ」としているのです。つまり、第三者の登記の必要性は、いわば裁判所が勝手にくっつけたものです。
裁判所
 これは、不動産の登記制度を考慮して取引の安全性を鑑みた結果、裁判所の判断で登記を第三者の保護要件としたのでしょう。
 したがいまして、事例2は、第三者のCが保護要件である登記を備えていない以上、甲土地をめぐる所有権争奪バトルはAの勝ち!になります。
 なお、Bは登記を備えていますが、それは関係ありません。Bは第三者ではないし、そもそも債務不履行をやらかした張本人です。この期に及んで保護されようなぞ、ムシが良すぎるってもんです。
 簡潔にまとめると、今回の事例のような場合、Aは、甲土地の登記AかBにあれば、所有権を主張できます。

登記と解除後の第三者

 続いて、第三者が解除後に現れた場合は、一体どうなるのでしょうか?

事例3
Aは不動産業者のBに甲土地を売却し、Bは登記をした。その後、AはBの売買代金の不履行(Bの債務不履行)によりAB間の甲土地の売買契約を解除した。その後、不動産業者のBはCに甲土地を転売し、Cは登記をした。


 この事例3で、Aは甲土地の所有権を主張できるでしょうか?

   売却     転売
売主A  業者B → C(甲土地)
   登記     登記
   
      解除        甲土地
売主A  業者B    C
           解除後に登記

 結論。Aは甲土地の所有権を主張できません。
 よって、事例3の甲土地の所有権争いの勝者はCになります。
 その根拠となる民法の条文はこちらです。

(不動産に関する物権の変動の対抗要件)
民法177条
不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。


 あれ?解除に関する民法の条文じゃない?
 はい。そうなんです。実は事例3は、解除の問題ではないのです。これは詐欺の取消後の第三者と同じハナシです。
 つまり、単純に「早く登記したモン勝ち!」なのです。なので登記したCの勝ちなのです。
 ですので、甲土地の売買契約を解除してからボサッとしていたAが悪い、ということです。
 なお、もしCがまだ登記をしていなければ、まだBに登記がある状態であれば、甲土地はBの債務不履行による解除の原状回復義務の対象ですから、Aは甲土地の所有権を主張できます。

補足:背信的悪意者と信義則
悪意
不動産登記の基本と公示の原則」でも若干触れていますが、もし今回の事例3で、Cが背信的悪意者(合法的なとんでもないワル)の場合は、いくらCが登記を備えていても、Cは甲土地の所有権を取得できません。
 Cが背信的悪意者の場合は、次の民法の条文が適用されます。

(基本原則)
民法1条2項
権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。


 この民法1条2項は、信義誠実の原則と呼ばれるものです。(略して信義則と呼ばれます)
 民法には、利益衡量や取引の安全性を重視して、時に残酷で冷たく感じる面があると思います。
 そして、世の中にはそんな民法の性質を利用する合法的なワルが存在します。
 しかし、そいつらはあくまで合法的なので、民法先生も困ってしまいます。
 そこで!民法先生は最終手段の伝家の宝刀「信義則」を抜きます。
 そしてこう言い放ちます。

「オマエは背信的悪意者だ!背信的悪意者は信義則に反し許すべからず!」

 よって、背信的悪意者は保護されることはありません。
 このように民法は、信義則という「超えちゃならないライン」を引いて法律を補充し、法的秩序を保つのです。(実際には裁判官が過去の判例を参考にしながら個別具体的に判断していくことになります)

 昔『男たちの挽歌』という映画で、マフィアのボスが主人公の刑事に追い詰められ病院に逃げ込み、そこで患者を人質に取ろうとするシーンがあるのですが、そこで、そのマフィアのボスに雇われた用心棒が初めてボスに逆らうのです。
 その時の用心棒のセリフがこうです。
「いくら極道でも、超えちゃならねぇ線があんだろ!」
 私これ、大好きなシーンなんです。スイマセン。余談もいいとこですね(笑)。

 ところで、民法177条において、第三者の善意悪意は問われていませんが、背信的悪意者はアウト!というのはここまで解説してきたとおりです。
 ちなみに、この民法177条で、登記を備えて所有権を主張できる第三者とは「登記の欠缺(けんけつ)を主張するにつき正当の利益を有する者」と、判例で定義づけられています。
 これはわかりやすく簡単に言うと「オマエ登記してねーだろ」と堂々と言える者ってことです。
 つまり、背信的悪意者には、信義則違反によりその(主張する)資格がないということです。


 というわけで、今回は以上になります。
 宅建試験や行政書士試験や公務員試験などの民法の学習、独学、勉強、理解の助力としていただければ幸いです。
 最後までお読みいただきありがとうございます。
関連記事

【不動産売買契約と解除】手付放棄と手付倍返しとは/契約解除のタイミングと方法

▼この記事でわかること
不動産売買契約の超基本
契約解除のタイミング
契約解除の方法(手付放棄・手付倍返し)
(上記クリックorタップでジャンプします)
 今回はこれらの事について、その内容、意味、結論、理由など、わかりやすく学習できますよう解説して参ります。
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不動産売買契約の超基本
 
 いきなりですが、まずは事例をご覧ください。

事例
売主Aは買主Bと甲建物の売買契約を締結し、BはAに手付金を交付した。しかし後日、Bはこの売買契約を解除したいと思い、Aに甲建物の売買契約の解除を申し入れた。


 さて、この事例で、Bは甲建物の売買契約を解除できるでしょうか?

    手付金
売主A  買主B
  売買契約
   甲建物
   解除申入れ
売主A  買主B

 結論は...の前に、まず不動産の売買契約の基本について簡単に解説します。

 不動産の売買契約は、コンビニでの買い物とは訳が違います。
 不動産売買契約の大まかな流れは次のようになります。

購入の申し込み

重要事項説明

売買契約の締結と同時に手付金の授受

残金の決済と同時に引渡し(登記手続き)


 正確にはもっと細かくあるのですが(ローンの契約、仲介なら不動産業者との媒介契約などその他諸々)、ざっくりとこんな感じになります。

契約解除のタイミング

 では、不動産の売買契約の解除というのは、どのタイミングでどのように行うのでしょうか?
 まずは民法の条文をご覧ください。

(手付)
民法557条
買主が売主に手付を交付したときは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を現実に提供して、契約の解除をすることができる。ただし、その相手方が契約の履行に着手した後は、この限りでない。
2項 第五百四十五条第四項の規定は、前項の場合には、適用しない。


 契約の解除のタイミングですが、上記民法557条の条文にあるように、相手方が契約の履行に着手するまででないとできません。
 これは事例に当てはめると、買主Bが契約の解除をするには売主Aが履行の着手をするまでに行わないといけない、となります。
 履行の着手とは「かなり具体的に履行をしようとした」という意味です。「履行の準備」では履行の着手とは考えられていません。
 厳密には判例を見て個別具体的な判断をしなければなりませんが、過去の実際の事例では「買主が代金の用意をして、売主に物の引渡しを催告した」ことが履行の着手と判断されました。
 まあ、ここであまり細かく突き詰めてしまうと話が進みませんので、履行の着手とは「かなり具体的に履行をしようとした」と、ざっくり覚えてしまってください。

契約解除の方法

 では「契約の解除をどのように行うか」ですが、これは買主と売主によって異なります。

・買主の場合
売主に渡した手付金を放棄して行う。(不動産用語で手付流しと言います)

・売主の場合
買主からもらった手付金の倍額を買主に償還して(買主に払って)行う。(不動産用語で手付倍返しと言います)

 このようになります。
 なお、上記の手付放棄・倍額償還をすることで、それ以外の損害賠償は支払わなくてもよい、としています。だからこそ手付流し・手付倍返しなのです。
 以上のことをまとめると

・買主は、売主が履行の着手をするまでは、交付した手付金を放棄して、契約の解除ができる。
・売主は、買主が履行の着手をするまでは、手付金の倍額を買主に償還して、契約の解除ができる。


となります。
 すると今回の事例で、買主Bは甲建物の売買契約の解除ができるのか?の結論は、、、

    手付金
売主A  買主B
  売買契約
   甲建物
   解除申入れ
売主A  買主B

 結論。買主Bは売主Aが履行に着手するまでは、交付した手付金を放棄して、甲建物の売買契約の解除ができる、ということになります。


 以上、不動産売買契約と解除についての基本になります。
 不動産売買契約の問題は、宅建試験にせよ行政書士試験にせよ散々問われることになりますので、今回の解説の基本的な内容はしっかり覚えておいていただければと存じます。
 最後までお読みいただきありがとうございます。
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【契約解除後】原状回復義務と解除の遡及効果の制限とは/同時履行の抗弁権について

▼この記事でわかること
原状回復義務
解除の遡及効果の制限
同時履行の抗弁権
(上記クリックorタップでジャンプします)
 今回はこれらの事について、その内容、意味、結論、理由など、わかりやすく学習できますよう解説して参ります。
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契約解除の後
原状回復義務

 一定の要件を満たしたときに、契約の解除ができます。
 では、契約を解除した後は、一体どうなるのでしょうか?

事例1
楽器店のBはメーカーのAからギターを納入した。しかし、期限が到来したにもかかわらずBが一向に代金を支払わないので、AはBに対し相当の期間を定めて催告をした上で、売買契約を解除した。


   ギター納入
メーカー → 楽器店
 (売主)A  (買主)B
     代金未払い 
       催告
 (売主)A →  (買主)B
    売買契約解除

 さて、この事例1で、Aは契約を解除しましたが、その後は何ができるのでしょうか?
 ギターの返還請求?損害賠償の請求?
 まずは民法の条文をご覧ください。

(解除の効果)
民法545条
1項 当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。
2項 前項本文の場合において、金銭を返還するときは、その受領の時から利息を付さなければならない。
3項 第一項本文の場合において、金銭以外の物を返還するときは、その受領の時以後に生じた果実をも返還しなければならない。
4項 解除権の行使は、損害賠償の請求を妨げない。


 上記、民法545条条文中の太字になっている部分が、Aができることです。
 相手方を原状に復させる義務とは、原状回復義務のことで「元の状態に戻さなければならない」という意味です。
 つまり、AはBに「ギターを返せ」と請求できます(返還請求)。一方、BはAにギターを返す義務(返還義務)を負います。
 損害賠償の請求を妨げないとは、損害賠償の請求もできるという意味です。
 したがいまして、事例1で、メーカーの(売主)Aは楽器店の(買主)Bに対し、ギターの返還請求損害賠償の請求ができる、ということになります。

解除の遡及効果の制限

・直接効果説

 解除の効果は遡及(そきゅう)します。すなわち、さかのぼってナシになります。
 したがって、事例1では、(買主)Bにはギターの返還義務(目的物を元の状態に戻す義務=原状回復義務)が生じ、同時に(売主)Aはギターの返還請求権(目的物を元に戻せ!と請求する権利)を得ます。
 そして、この論理を直接効果説と言います。
 他にも間接効果説、折衷説という考えも存在しますが、裁判所は直接効果説の立場を取ります。
 ですので、ここでは「直接効果説」という考え方を、覚えておいてください。

・解除の遡及効果の制限

 契約を解除すると、その効果は遡及するので(直接効果説)、原状回復義務が生じます。
 しかし!条文には、このようなただし書きがありました。
「ただし、第三者の権利を害することはできない」
 これはどういう意味なのでしょうか?まずはこちらの事例をご覧ください。

事例2
楽器店のBはメーカーのAからギターを納入した。しかし、期限が到来したにもかかわらずBは一向に代金を支払わない。その後、BはCにそのギターを転売した。その後、AはBに対し相当の期間を定めて催告をした上で、売買契約を解除した。


   ギター納入    転売
メーカー → 楽器店  第三者
 (売主)A  (買主)B    C
     代金未払い 
   ↓転売後↓
       催告

 (売主)A  (買主)B
    売買契約解除

 この事例2では、Aはギターの返還請求ができない可能性があります。
 なぜなら、Bの解除権の効果第三者であるCの権利を害することができないからです。
 したがって、結論は、Cがギター(目的物)の引渡しを受けていたらBはギター(目的物)の返還請求ができません。
 逆に、Cへの(目的物の)引渡しがまだされていなければ、Bは(目的物の)返還請求ができます。
 このように、解除の遡及効果は、第三者との関係で一定の制限が加えられています。これは、利益衡量と取引の安全性から来るものです。
ここがポイント女性
 この「解除の遡及効果の制限」は大事なポイントなので、是非覚えておいてください。

同時履行の抗弁権

 契約を解除すると、その契約はさかのぼってナシになり、原状回復義務が生じます。受け取ったものがあれば返さなくてはなりません。
 例えば、AがBにギターを売り渡し、Aが代金の支払いを受けてからその売買契約が解除となった場合で考えてみましょう。

  ギター
   A   →   B
売主 ← 買主
 代金支払い

 (売主)A ×  (買主)B
  売買契約解除

 この場合、売主Aは買主Bに受領した(受け取った)代金を返還しなければなりません。
 一方、買主Bは売主Aに引渡しを受けたギターを返還しなければなりません。
 なぜなら、契約を解除したことによって、AとBには原状回復義務が生じるからです。
 そして、AとBの原状回復義務は、同時履行の関係になります。
 つまり、売主Aは買主Bからギターを受け取ると同時に代金を返さなくてはなりません。一方、買主Bは売主Aから代金を返してもらうのと同時にギターを返さなくてはなりません。
 そしてこのとき、売主Aは買主Bがギターを持って来ないのに「金返せ」と言ってきたら「だったらギター持ってこいコラ」と突っぱねることができます。
 一方、買主Bは売主Aがお金を持って来ないのに「ギター返せ」と言ってきたら「だったら金もってこいコラ」と突っぱねることができます。
 これを同時履行の抗弁権と言います。
 なお、これは契約の取消後においても全く一緒ですので、そこも合わせて覚えておいてください。

補足・不動産賃貸借の場合は少し違う

 原状回復義務という言葉は、一般的には、おそらく不動産賃貸借においての退去の際に聞く言葉だと思います。
 多くの方は、引っ越すときの部屋の退去の際に聞く言葉ですよね。
 ちなみに、不動産賃貸借においての原状回復、すなわち敷金返還と部屋の明渡しは、同時履行の関係にはなりません。ご存知のように、敷金の返還は部屋の明渡しを済ませてから行われます。念のため申し上げておきます。
(不動産賃貸借における原状回復義務についての詳しい解説は「敷金 礼金 保証金 敷引き 償却 とは/原状回復義務と経年劣化&通常損耗と特約について」をご覧ください)

 というわけで、今回は以上になります。
 宅建試験や行政書士試験や公務員試験などの民法の学習、独学、勉強、理解の助力としていただければ幸いです。
 最後までお読みいただきありがとうございます。
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