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【不動産賃貸借の基本】賃貸人たる地位の移転(オーナーチェンジ)と新賃貸人&賃借人の対抗要件(登記と引渡し)とは
【賃借権の無断&適法な譲渡と転貸】賃貸人の解除権と信頼関係破壊の法理とは/賃借権が譲渡されると敷金や滞納家賃や必要費&有益費はどうなる?
【借地権】賃借権と地上権の違い/借地人の対抗要件と対抗力とは/借地上の建物滅失問題/借地人の賃借権の譲渡(転貸)について
【賃借権の相続】賃貸人&相続人vs内縁の妻の対抗問題/賃料債権&債務の相続と不可分債務とは
【賃貸不動産の損傷&滅失】賃借人(借主)の同居人は履行補助者とは/不可抗力の建物損傷について
【賃貸借契約の存続期間】立ち退き請求と正当事由とは/建物築造(再築)による借地期間延長と地主の承諾の有無について
【賃貸借の終了】必要費と有益費・価値増加現存分の償還請求とは/造作買取請求権と建物買取請求権とは
【定期借地&借家契約】定期借地権と定期建物賃貸借と取壊し予定の建物賃貸借と短期賃貸借とは
素材62

【不動産賃貸借の基本】賃貸人たる地位の移転(オーナーチェンジ)と新賃貸人&賃借人の対抗要件(登記と引渡し)とは

▼この記事でわかること
不動産賃貸借の超基本
特別法と一般法とは
賃貸人たる地位の移転(オーナーチェンジ)と家賃二重払いの危険性
新オーナーであることを賃借人(借主)に法律的に正当に主張するには登記が必要
賃借人(借主)の対抗要件
(上記クリックorタップでジャンプします)
 今回はこれらの事について、その内容、意味、結論、理由など、わかりやすく学習できますよう解説して参ります。
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不動産賃貸借の基本

 賃貸借とは、簡単に言うと利用料金が発生する物(動産・不動産)の貸し借りです。
 レンタルショップでCDを借りるのも賃貸借ですし、レンタカーを借りるのも賃貸借です。
 そして、不動産の貸し借りも賃貸借です。不動産の場合は特に不動産賃貸借と言います。
 ここでまず、気をつけていただきたいことがあります。
 利用料金が発生しない物の貸し借りは、賃貸借ではありません。タダで貸し借りをしていれば、それは賃貸借にはならず使用貸借になります。
 この点はまずご注意ください。

不動産賃貸借について考えるときは民法だけでは不十分

 実は、民法における賃貸借についての規定は、それだけでは、不動産賃貸借の問題について考えるときにはあまり役に立ちません。
 なぜなら、不動産賃貸借については、借地借家法という特別法が存在するからです。

 民法は、私法(民間人・民間企業同士についてのルールを定めた法律の総称)における一般法(ベーシックな法律)です。
 つまり、民法は私人間(民間人・民間企業同士)のことを定めた法律の中のもっともベーシックな法律(すなわち一般法)ということです。
 しかし、特別法は一般法に優先します。ですので、同じ事柄について定めた規定で借地借家法と民法が競合(バッティング)する場合は、借地借家法が優先して適用されます。なので、不動産賃貸借について考えるときに、民法だけでは不十分なのです。
 したがいまして、不動産賃貸借の問題につきましては、借地借家法を織り交ぜた実践的な解説をして参ります。

ちょこっとコラム
~特別法と一般法~

女性講師
「特別法>一般法」という関係性は、何も不動産賃貸借における借地借家法に限ったことではありません。
 不動産売買において、売主が宅建業者の場合は宅地建物取引業法(自ら売主制限など)が優先して適用されますし、建物の建築においては建築基準法が優先して適用されます。
 他にも、商行為(商売行為)に関しては商法が優先して適用されたり、より消費者保護に厚い消費者保護法があったり等々、色々存在します。この辺りの法律関係は、また別の機会に改めて解説するとして、、、特別法と一般法の関係を噛み砕きまくって分かり易く言うなら、家庭における嫁さんと旦那の関係ですかね。嫁さん(特別法)は旦那(一般法)に優先する(嫁さん>旦那)...なんて一概には言えないですね(笑)。失礼しました。
 なお、特別法と一般法の規定が重なる場合は特別法が優先して適用されることはすでに説明済みですが、一般法の規定が特別法と重ならない場合は、一般法の規定が直接適用されます(民法の規定が借地借家法と重ならない場合は、民法の規定が直接適用されるという意味)。念のため申し上げておきます。

賃貸人たる地位の移転(オーナーチェンジ)

事例
Aは自己所有の甲建物をBに賃貸し、引き渡した。その後、Aは甲建物をCに売却し、AからCへ登記を移転した。


 これは賃借人(借主)が居住中に賃貸人(家主・オーナー)が代わったというケースです。この事例では、Bが賃貸中(居住中)の甲建物のオーナーがAからCへチェンジしています。
 このようなオーナーチェンジのケースは、住宅用でも事業用でも、賃借人(借主)として経験された方は少なくないと思います。
 ケースにもよりますが、ある日、いきなり管理会社からオーナーチェンジの知らせを受け、面食らってしまった方もいらっしゃるんじゃないでしょうか。
 さて、このときに、甲建物を賃借しているBにとって、ある問題が生じます。
 それは「本当にAからCへオーナーチェンジしたのか?」という問題です。
 なぜそれが問題になるのかといいますと、それは「家賃を払うべき相手は本当にCでいいのか?」ということに繋がるからです。

家賃二重払いの危険性
 
 もしオーナーチェンジの知らせがウソで、新オーナーと名乗る人物がニセモノで、その自称新オーナーに家賃を払ってしまったらどうなるでしょう?
 家賃を払った賃借人(借主)は、ある日、こんな連絡を受けてビックリするはずです。
〇〇さん!家賃が振り込まれていませんよ!?
 そして、次のようなやり取りが展開されるでしょう。
え?確かに振り込みましたよ?
入金の確認ができていません。振込先を間違えたのではないですか?
え?確かに〇〇口座に振り込みましたが...
〇〇さん!それ、振込口座間違っていますよ!とにかく、指定の〇〇口座にいち早く振り込んでください!
 そして賃借人(借主)は、家賃の二重払いという事態に陥ってしまうのです。
驚く主婦
新オーナーであることを賃借人に法律的に正当に主張するには登記が必要

 さて、ここから再び、事例に戻って解説して参ります。
 賃借人(借主)Bは、家賃の二重払いの危険性があるので、本当に賃貸人(家主・オーナー)がAからCに代わったのか?ということをきちんと確かめたいところです。
 そこで、判例では、この賃借人Bのような者を保護するために、Cが新賃貸人(新オーナー)として、賃借人Bに対し正当に家賃などを請求するには登記が必要としています。つまり、新賃貸人(新オーナー)Cが賃借人Bに家賃などを請求するには、Cが甲建物の所有権を取得した旨の登記(AからCへの所有権移転登記)が必要、ということです。
 したがいまして、事例のCは登記を備えていますので、Bに対し正当に家賃を請求できます。逆に、もしCが登記をしていなかった場合は、Bは家賃の請求を正当に拒めます。
 もし、今現在、事例のBのような状況にいらっしゃる方は、管理会社(貸主側=オーナー側の不動産会社)や新オーナーに「登記簿(登記事項証明書)を見せてください」と要求するか、自分自身で登記所(法務局)に行って登記簿の交付申請をするか、もしくはオンライン手続きで取り寄せることも可能です。
 そして登記簿(登記事項証明書)を確認して問題なければ、安心して新オーナーに家賃を振り込めますし、もし登記簿上の所有者が旧オーナーのままなのであれば、旧オーナーの方に家賃を振り込めば、法律上問題なく弁済したことになります(法律的に問題なく家賃を払う責任を果たしたことになる)。

【補足】
 なお、動産の物権変動(所有権の得喪)につきましては引渡しが基準になり、これを公信の原則と言います。
 一方、不動産については、全国一律に登記というルールが敷かれ、これを公示の原則と言います。
 この「不動産登記」というものについて解説は「不動産登記の基本と公示の原則」をご覧ください。

賃借人(借主)の対抗要件

 不動産における物権の対抗要件は登記です。
 対抗要件とは「法律的な保護のもとに主張するための要件」です。
 不動産の物権の対抗要件とは、他人に対して「この不動産の所有権はワタシのモノだ!」と、法律の保護のもとに主張するための要件です。
 つまり、不動産は登記して初めて、その所有権が法律的に保護されます。
 となると、その不動産を借りている者(賃借人)の権利は、どうなっているのでしょうか?
 例えば、A所有の甲アパートを借りて住んでいるBがいて、Bの居住中に甲アパートがAからCへと売却され、その旨の登記もされてから、いきなりCから賃借人Bが「オマエは甲アパートから出てけ!」と迫られたらどうなるのか?つまり、賃貸中の物件がオーナーチェンジしたとき、その物件の賃借人は、新オーナーに対抗できるのか?というハナシです。
 最初に申し上げたとおり、不動産の対抗要件は登記です。新オーナーCにはその登記があります。
 そして、民法には次のような規定があります。

(不動産賃貸借の対抗力)
民法605条
不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その不動産について物権を取得した者その他の第三者に対抗することができる。

 この民法605条の条文を読むと、どうやら賃借人は、賃貸借の登記(賃借権の登記)をすれば、後から物権を取得した者、すなわち新オーナーに対抗できるようです。
 しかし!この条文はハッキリ言ってあまり意味がありません。なぜなら、借地借家法でほとんど骨抜きにされてしまっているからです。

賃借人の対抗要件は引渡し
素材102マンション
 先に結論を申し上げておきますと、先ほど挙げた例の賃借人Bは、新オーナーCに対し、甲アパートの賃貸借を対抗できます。
 つまり、新オーナーCから「甲アパートから出てけ!」と言われても、Bは「甲アパートは私が借りて住んでいるのだ!」と主張できます。
 その根拠となる条文はこちらです。

(建物賃貸借の対抗力等)
借地借家法31条
建物の賃貸借は、その登記がなくても、建物の引渡しがあったときは、その後その建物について物権を取得した者に対し、その
効力を生ずる。

 この借地借家法31条によって、前述の民法605条の規定が骨抜きにされているのです。
 借地借家法は不動産賃貸借における特別法です。一方で、民法は一般法です。そして、特別法は一般法に優先して適用されます。
 したがいまして、借地借家法31条の規定により、賃借人Bはその旨の登記をしていなくても、すでに甲アパートの引渡しを受けて住んでいるので、新オーナーCに対して甲アパートの賃貸借を対抗できるのです。

なぜわざわざ借地借家法(特別法)でそのような規定を置いたのか

 もちろん、民法605条の規定に従って賃貸借の登記をして、新オーナーCに対抗することも可能です。
 しかし、それを行うためには、Cに協力してもらわなければ、することができません。しかも、Bの賃貸借の登記について、Cに協力義務はありません。
 そしておそらく、賃借人(借主)の賃貸借の登記に協力する賃貸人(オーナー)はほぼいないでしょう。なぜなら、そんなことをしても、賃貸人にとっては何のメリットもないからです。ましてや法的な協力義務すらないのですから。私がオーナーでも、賃借人の賃貸借の登記に協力することはないでしょう(笑)。
 つまり、民法605条の規定はハッキリ言ってザルなんです。そこで、賃借人Bのような者を保護するために、特別法として借地借家法31条の規定を設けたという訳です。
 もし、今現在、賃貸物件に住んでいて、その物件の家主がオーナーチェンジにより代わった、という状況にある方も、賃借人としての地位借地借家法により保護されておりますのでご安心ください。
 まあ、実際はオーナーによって色々と対応が変わったりするので、法律以外での問題もあるんですけどね...。
 いずれにしても、オーナーと賃借人、そして管理会社も含め、良好な関係でいたいものです。

 というわけで、今回は以上になります。
 宅建試験や行政書士試験や公務員試験などの民法の学習、独学、勉強、理解の助力としていただければ幸いです。
 最後までお読みいただきありがとうございます。

【賃借権の無断&適法な譲渡と転貸】賃貸人の解除権と信頼関係破壊の法理とは/賃借権が譲渡されると敷金や滞納家賃や必要費&有益費はどうなる?

▼この記事でわかること
賃借権の無断譲渡・転貸
賃借権を無断に譲渡・転貸することができない理由
例外的に無断譲渡・転貸が認められるとき
賃貸人(貸主・オーナー)の解除権
信頼関係破壊の法理
賃借権の適法な譲渡
前借主の滞納家賃の問題
必要費(修繕費)や有益費の問題
(上記クリックorタップでジャンプします)
 今回はこれらの事について、その内容、意味、結論、理由など、わかりやすく学習できますよう解説して参ります。
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賃借権の無断譲渡・転貸

 早速ですが、まずは事例をご覧ください。

事例1
BはA所有の甲建物を賃借している。


 これだけでは、BがAから甲建物を借りて使用している、というだけの何の変哲もない不動産賃貸借ですが、問題はここからです。
 この事例1で、AとBは、A所有の甲建物の賃貸借契約を結んでいます。
 そして、A所有の甲建物の賃借人(借主)となったBは、甲建物の賃借権という権利を取得します。
 賃借権とは、借りて利用する権利です。つまり、賃借人Bは、甲建物を借りて利用する賃借権を持っています。
 さて、それでは賃借人Bは、その賃借権を、他の誰かに譲り渡したり、また貸ししたりすることはできるのでしょうか?
 これについて、民法は次の規定を置いています。

(賃借権の譲渡及び転貸の制限)
民法612条
1項 賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができない。
2項 賃借人が前項の規定に違反して第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは、賃貸人は、契約の解除をすることができる。


 これは、この民法612条の条文を読めば一目瞭然かと思います。
 賃借権を譲り渡したり転貸(また貸し)したりするには、賃貸人(貸主・オーナー)の承諾が必要です。
 ということで結論。賃借人Bは、賃貸人Aの承諾なしに、甲建物の賃借権を、他の誰かに譲り渡したり転貸したりすることはできません。
 もしそれに違反して、賃貸人Aの承諾なしで、勝手に賃借権を譲り渡したり転貸したりした場合は、上記の民法612条2項の規定により、賃貸人Aは、賃借人Bとの賃貸借契約を解除することができます。

賃借権を無断に譲渡・転貸することができない理由

 例えば、家を借りて住もうとするとき、申し込みを入れてから契約に至るまでに、入居審査がありますよね?それはつまり、オーナー(賃貸人)は入居者を選んでいるということです。
 なぜ選ぶの?
 それは、家賃滞納や夜逃げ、その他トラブルを避けたいからです。当たり前の話ですよね。
 つまり、今、賃貸物件を借りて住んでいる人は、オーナー(貸主)が「この人だったら大丈夫だな」と思ったので、入居できた訳です。
OKおじさん
 となると、せっかくオーナーが「この人だったら大丈夫だな」と入居者を選んだのに、賃借権を他の誰かに勝手に譲り渡されたり、他の誰かに勝手にまた貸し(転貸)されたりして、入居者が素性のわからない別の人に代わってしまったら、そもそも入居者審査をした意味がなくなります。
 もし、賃借権を譲り渡した相手、また貸し(転貸)した相手が、ヤ◯ザだったりなど、とんでもない人だったらどうしましょう?
 という訳なので、賃貸人(オーナー)の承諾なしに、賃借権の譲り渡しや転貸を勝手にすることはできないのです。

例外的に無断譲渡・転貸が認められる(賃貸人の解除権が制限される)こともある

 賃貸人の承諾なしに賃借権を譲渡(譲り渡すこと)、転貸することができないのが、民法の原則です。
 しかし、それが「原則」ということは、例外の場合もあります。
 例外ってどんな場合?
 これは民法の条文上でも借地借家法の条文上でもなく、判例で、次のような場合には、賃借権の無断譲渡・転貸も認められるとしています。

「背信的行為と認めるに足りない特段の事情があるとき」

 これはどういう場合を指しているのかと言いますと、賃貸人に実害がないであろうことが確実と言えるような場合です。
 例えば、個人で事務所を借りている人が法人化して(会社になって)、結果的に賃借権が個人から法人(会社)に移っても、経営の実質は何の変わりなく事務所の使用にも何の影響もないような場合が、まさにその典型です。
「背信的行為」というのは「ルールにそむく行為」という意味です。この場合のルールとは「無断譲渡・転貸はダメ」ですよね。
 つまり「個人で事務所を借りている人が法人化して、結果的に賃借権が個人から法人に移っても、経営の実質は何の変わりなく、事務所の使用にも何の影響もないような場合」は背信的行為とまでは言えないから、例外的にこれを認め、このような場合には、賃貸人の解除権は制限されます。

賃貸人(貸主・オーナー)の解除権

事例2
BはA所有の甲建物を賃借している。BはAに無断で、Cと甲建物の転貸借契約を結んだ。なお、Bはまだ甲建物をCに引き渡していない。


 これは、借り手である賃借人Bが貸し手である賃貸人Aの承諾なしに甲建物をまた貸しする契約をCと結んだ、つまり、借主の勝手なまた貸しという無断転貸のケースです。
 そして、この事例2のポイントは「まだ甲建物をCに引き渡していない」ところです。
 さて、この事例2で、賃貸人Aは、無断転貸をしたがまだその引渡しはしていない賃借人Bとの、甲建物の賃貸借契約を解除できるでしょうか?
 結論。賃貸人Aは、賃借人Bとの甲建物の賃貸借契約を解除することはできません。
 これはちょっと意外な結果ではないでしょうか?
 本来であれば、賃借人(借主)の無断転貸に対して、賃貸人(貸主・オーナー)は原則その賃貸借契約を解除できます。しかし、事例2の場合、賃借人Bは、無断転貸をしたとはいえ、まだ甲建物をCへ引き渡していません。
 そこで判例では、このような場合、無断で賃借人が転貸借契約をしたとはいえ、まだその引渡しを行なっていない以上、賃貸人と賃借人の「信頼関係は破壊されていない」ので解除できない、としています。

信頼関係破壊の法理
スマホ破壊
 先ほど「信頼関係は破壊されていない」ので、その賃貸借契約は解除はできない、という旨の話をしましたが、これを信頼関係破壊の法理(理論)と言います。
 ところで、不動産賃貸借契約は、実はそう簡単に解除することはできません。
 不動産の「立ち退き問題」という言葉を耳にすることは割とよくあるか思いますが、この「不動産の立ち退き問題」を難しくしている原因に、実は「信頼関係破壊の法理」が影響しています。
 これはどういう事かといいますと、例えば、BがA所有の甲アパートを借りて住んでいるとします。そして、Bが1ヶ月分の家賃を滞納します。すると、賃借人のBは債務不履行に陥ります。債務不履行に陥るとは、簡単に言うと「約束を守らなかった(破った)」ということです。
 そして、債務不履行にはペナルティがあります。そのひとつが契約解除です。債務不履行は契約の解除の原因になります。
 債権者は債務不履行に陥った債務者に、相当の期間を定めて催告した上で、その契約を解除することができます。
 しかし!不動産賃貸借の場合は、そう簡単にはいきません。賃貸人A(貸主・オーナー)は、賃借人B(借主)が1ヶ月分の家賃を滞納した、というだけでは、甲アパートの賃貸借契約を解除することはできません。なぜなら、それだけでは「信頼関係が破壊されたとは言えない」と判断されるからです。
 このようにして、信頼関係破壊の法理が働くのです。

じゃあ賃借人Bはいつまでも家賃を滞納できちゃうの?

 当然そういう訳ではありません。通常は、賃借人の家賃滞納については、3ヶ月分は滞納しないと賃貸人は賃貸借契約の解除はできないとされています。
 つまり、賃借人Bの家賃滞納が3ヶ月分までいけば、そこで「信頼関係が破壊された」と判断され、賃貸人Aは、賃借人Bとの甲アパートの賃貸借契約を解除できます。もちろん、家賃滞納以外に信頼関係を破壊するような事由があれば、家賃滞納があろうがなかろうが、賃貸借契約を解除できます。
 以上、ざっくりと噛み砕いて簡単にまとめますとこうです。
 信頼関係破壊の法理が働くことにより、賃貸人は、家賃滞納については、少なくとも3ヶ月分の家賃滞納がなければ、その賃貸借契約を解除できない。つまり、賃借人の滞納家賃が3ヶ月分までいって初めて、賃貸人は賃借人に対し「出てけ!」と言える、ということです。

【補足】
「背信的行為と認めるに足りない特段の事情があるとき」とは、言葉を変えれば「信頼関係が破壊されたとは認められないとき」ということです。
 不動産賃貸借について考えるとき「信頼関係破壊の法理」は非常に重要になりますので、是非覚えておいてください。
 なお、不動産の家賃滞納、立ち退きの問題は、まだまだ深い問題がございます。ですので、その問題につきましては、また別途改めて取り上げたいと存じます。

賃借権の適法な譲渡
OKあばあさん
事例3
BはA所有の甲建物を賃借している。その後、BはAの承諾を得て、その賃借権をCに譲渡した。


 これは、借り手である賃借人Bが、貸し手である賃貸人Aの承諾を得て、適法に甲建物を借りて利用する権利(賃借権)をCに譲渡した、というケースです。
 さて、この事例で、Bは賃貸人Aに対し、敷金の返還請求ができるでしょうか?
 結論。BはAに対し、敷金の返還請求ができます。
 この結論の法的な論理はこうです。
 賃借人Bは、適法にCへ賃借権を譲渡したことにより、賃貸借契約から離脱します。すると、Bは甲建物の借り手、すなわち賃借人(借主)ではなくなります。甲建物の賃借人ではなくなるということは、甲建物を借りて利用するため(賃借するため)の担保として賃貸人(貸主・オーナー)Aに預けている敷金は、その役割がなくなります。
 敷金は家賃不払いなどのための担保として、借り手である賃借人から貸し手である賃貸人へと預けるお金です。
 もはや賃借人ではなくなり、賃借人としての債務(借り手としての義務)もなくなったBが、賃貸人(貸主・オーナー)Aに、賃借人(借主)の債務の担保として敷金を預けておく、というのはおかしな話です。
 したがいまして、Cへ適法に賃借権を譲渡して、甲建物の賃貸借契約から離脱したBは、Aに対し敷金の返還請求ができるのです。
 なお、適法に賃借権が「旧賃借人→新賃借人」と譲渡されても、敷金についての権利義務関係が当然に「旧賃借人→新賃借人」と引き継がれることはありません。
 特段の事情がない限りは、AB間の「敷金についての権利義務関係」が終了して、AC間に新たな敷金の権利義務関係ができる、という形になります。だからこそ、AはBに対し敷金返還請求ができるという訳です。ここはオーナーチェンジの場合とは異なっていますので、ご注意ください。
 ちなみに、現実の実務においては、賃貸人(貸主・オーナー)のAが、賃借権の譲渡の承諾を与える際に、新たに賃借人となるCから敷金を受領すること(Cに敷金を払わせること)を条件としますので、旧賃借人のBに敷金を返還しても、賃貸人(貸主・オーナー)のAには何の問題もありません。

前借主の滞納家賃はどうなる?

 適法に賃借権が譲渡された場合、旧賃借人は賃貸借契約から離脱します。事例3の場合、Bが賃貸借契約から離脱し、AC間の賃貸借契約がスタートします。
 さて、では事例3で、適法に賃借権を譲渡する前に、Bに滞納家賃があった場合、その滞納家賃の行方はどうなるのでしょうか?
 これについては、BからCに債務引受などがされない限り、Cに引き継がれることはありません。
 したがいまして、賃貸人(貸主・オーナー)Aは、賃借権の譲渡前の滞納家賃については、賃借人Bに対して請求することになります。
 つまり、賃貸借契約から離脱したとはいえ、旧賃借人Bには賃借権の譲渡前の家賃支払い債務は残るので、それで滞納家賃がチャラになるわけではないのです。世の中それほど甘くありません。

補足:必要費(修繕費)や有益費は?

 必要費とは、建物の修繕費です。賃借人が支出した必要費は、直ちに賃貸人に償還請求できます。
 では、事例のBに、賃借権の譲渡前に支出した必要費があった場合、その必要費の行方はどうなるのでしょうか?
 これについては、BからCに債権譲渡がされない限り、Cに引き継がれることはありません。
 したがいまして、賃借権の譲渡前に支出した必要費がある場合、その償還請求は、旧賃借人のBが賃貸人(貸主・オーナー)Aに対して行います。
 また、有益費についてですが、有益費とは、建物の価値を増大するための費用です。
 通常、有益費は、賃貸借契約終了時に、その償還請求ができます。となると、事例3で、賃借権の譲渡前に、賃貸人(貸主・オーナー)Aに有益費の支出があった場合、その償還請求を行うのは賃借人Bと賃借人C、どちらになるのでしょうか?
 これについては、争いがあります。争いがあるということは、結論が割れているということです。
 この問題については、これ以上の解説は割愛しますが、とりあえず「結論が定まっていない」ということだけ、覚えておいていただければと存じます。

 というわけで、今回は以上になります。
 宅建試験や行政書士試験や公務員試験などの民法の学習、独学、勉強、理解の助力としていただければ幸いです。
 最後までお読みいただきありがとうございます。

【借地権】賃借権と地上権の違い/借地人の対抗要件と対抗力とは/借地上の建物滅失問題/借地人の賃借権の譲渡(転貸)について

▼この記事でわかること
2種類の借地権
賃借権と地上権の違い
借地人の対抗要件
借地上の建物が滅失した場合
借地人の対抗力の様々なケース
借地人の賃借権の譲渡(転貸)
賃貸人の承諾に代わる裁判所の許可
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借地権

 不動産賃貸借は、何も建物・家屋に限ったものではありません。土地の賃貸借もあります。
 土地を目的とする賃貸借の権利を、借地権と言います。

借地権には2種類ある

 借地権とは、簡単に言うと「土地を借りて使用する権利」ですが、この借地権には2つの種類があります。
 それは、賃借権地上権です。

賃借権とは

 土地の所有者(賃貸人・地主)の承諾を得て、土地を間接的に支配し利用できる借地権を、賃借権といいます。
「間接的に支配」という意味は、土地の所有者の承諾を必要とするからです。土地の所有者の承諾が必要とは、自由に借地権(賃借権)を譲渡したりすることができないという意味です。
 これは土地に限ったことではありませんが、例えば、アパートを借りて住んでいる人が、勝手に他人にそのアパートを譲渡したりまた貸し(転貸)したりすることはできません。もし譲ったりまた貸ししたりするのであれば、大家(賃貸人)の承諾が必要です。
 それと一緒で、土地の賃借権を持っていても、土地の所有者の承諾なしで、勝手に借地権(賃借権)を譲渡したりすることはできません。
 したがいまして、賃借権とは「間接的に」土地を支配し利用する権利なのです。

地上権とは

 土地の所有者(賃貸人・地主)の承諾なし、土地を直接的に支配し利用できる借地権を、地上権と言います。
「直接的に支配」という意味は、土地の所有者の承諾を必要としないからです。
 つまり、地上権の場合、土地の所有者(賃貸人・地主)の承諾なしに自由に地上権を譲渡したりすることができるのです。
 したがいまして、地上権は賃借権よりも強い権利になっています。

賃借権は債権的権利、地上権は物権的権利

 賃借権も地上権も同じ借地権ですが、その権利の強さが全然違うのは、ここまでの解説でもわかりますよね。ではその違いを民法的に表現しますと、賃借権は債権的権利なのに対し、地上権は物権的権利です。
 といっても、これだけではわかりづらいと思いますので、もう少し詳しく解説します。
 債権とは、人に対する権利です。特定の人に対して「金払え」「それをよこせ」「使わせろ」などと主張できる権利です。
 そして賃借権は、土地の所有者に対し「使わせろ」という債権です。
 したがいまして、賃借権は債権的権利になります。
 一方、物権とは物に対する権利で、物の排他的支配権です。物の排他的支配権とは全ての他人に対して「これはワタシのモノだ!」と主張できる権利です。
 全ての他人に対して主張できるということは、土地の所有者に対してだけでなく、隣人に対しても、土地を購入しようとしている人に対してでも、その権利を主張できるということです。
 したがって、地上権は「ワタシのモノ」として、土地の所有者の承諾なしに自由に譲渡したりすることができるのです。
 地上権の権利の強さは、借地権というよりも「準所有権」といった方が良いかもしれません。所有権が孫悟空なら地上権はベジータとでも言いましょうか。それぐらいに強い力を地上権は持っています。

 2種類の借地権~賃借権と地上権。それぞれの特徴と違い、おわかりになっていただけましたでしょうか。
 なお、現実に利用されている借地権のほとんどは賃借権です。
 というのも、地上権は権利が強すぎるからです。権利が強すぎるということは、それだけ土地の所有者に不利になるということです。
 不利になる地上権の設定を、土地の所有者が望まないのは言うまでもありませんね。

ちょこっとコラム
区分地上権~借地の
地下空間は使える?

女性講師
 地上権(借地権)とは、他人の土地において工作物(主に建物)または竹木を所有するために、その土地を使用する権利のことです。
 ところで「土地を使用」とは「土地の上を使用」と考えるのが通常ですが、「土地の下」つまり、地下空間はどうなるのでしょうか?
 地下または空間は、工作物を所有するため、上下の範囲を定めて地上権の目的とすることができます。その場合、地上権の設定に際に、地上権行使の範囲、つまり、その土地の使用に制限を加えることができます。これが、区分地上権です。
 普通地上権は、地下と空間に効力があります。つまり、通常の地上権でも、地下を使用する権限はあるのです。そして、区分地上権という形で、そこに制限を加えるというわけです。
 また、他に土地を使用収益をする者等がいても、その者等全員の承諾があれば、区分地上権を設定することができます。
 なお、区分地上権は「工作物(主に建物)を所有するため」であって、竹木所有を目的とした区分地上権は存在しません。
 したがって、竹木所有を目的とした区分地上権の設定はできません。

 ところで、区分地上権と似たような名称で、区分所有権があります。
 しかし、その内容はまったく異なります。区分所有権は、分譲マンション等での専有部分の所有権のことです。
 この点、似たような名称ということで混乱しないようにお気をつけください。(区分所有権についての詳しい解説は「共有~持分権とは」をご覧ください)

借地人の対抗要件

事例1
BはA所有の甲土地を借りて、甲土地上にある自己所有の建物に住んでいる。その後、Aは甲土地をCに売却し、その旨の登記をした。


 これは、借地人が土地を利用中に、土地の所有者(地主)が代わったというケースです。オーナーチェンジの土地バージョンですね。

  借地人B       借地人B
自己所有建物  自己所有建物
   甲土地    →     甲土地
     (A所有)    売却     (C所有)

 さて、この事例1で、借地人Bがいきなり新地主Cから「甲土地から出てけ!」と言われた場合、Bはどうすればいいでしょうか?
 民法には次の条文があります。

(不動産賃貸借の対抗力)
民法605条
不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その不動産について物権を取得した者その他の第三者に対抗することができる。

 この民法605条の条文によれば、賃貸借はその旨の登記をすることで、新たな所有者にも対抗できる(法律の保護のもと権利を主張できる)ようです。
 すると、事例の借地人Bは、土地の賃貸借の登記をしている訳ではありませんので、このままだと新地主Cの言われるがままに、甲土地を出ていかなければならなくなりそうですが...。
 結論。借地人Bは、甲土地の賃貸借の登記をしていなくても、甲土地の上にある建物の登記があれば、甲土地の賃貸借を新地主Cに対抗できます(法律の保護のもと権利を主張できる)。
 つまり、借地人Bは、甲土地に建てた建物の登記をしていれば、新地主Cから「甲土地から出てけ」と言われても「ワタシが借りて使っているのだ!」と主張・対抗できます。
 そして、その根拠となる条文はこちらになります。

(借地権の対抗力等)
借地借家法10条
借地権は、その登記がなくても、土地の上に借地権者が登記されている建物を所有するときは、これをもって第三者に対抗することができる。


 借地借家法は不動産賃貸借における特別法です。
 一方、民法は一般法です。
 そして、特別法は一般法に優先します。
 ですので、借地借家法は民法に優先して適用されます。(これについての詳しい解説は「不動産賃貸借の基本~特別法と一般法~」をご覧ください)
 したがいまして、前述の民法605条の規定ではなく、上記の借地借家法10条の規定が適用され、借地人はその土地の賃貸借の登記がなくても、借地上にある建物の登記があれば、地主が代わっても、その土地の賃貸借を対抗できる(法律の保護のもと権利を主張できる)という訳です。
 これは建物の賃貸借の場合と一緒なのですが、借地借家法の規定に関わらず、前述の民法605条の規定に従って、借地人は、土地の賃貸借の登記をして、新地主に対抗することも可能です。
 しかし、土地の賃貸借の登記をするには、土地所有者(地主)の協力が必要になります。そして、土地所有者に、借地人の賃貸借の登記に協力する義務はありません。つまり、土地所有者は、借地人の賃貸借の登記を拒否しても何も問題ありません。
 ですので、ハッキリ言って民法605条役立たずのザル規定なんです。
 そこで、借地人をもっとしっかり保護するために、借地借家法10条の規定が設けられた、ということです。

建物が滅失するとどうなるか
家屋損壊
事例2
BはA所有の甲土地を借りて、甲土地上にある自己所有の登記をした建物に住んでいる。その後、Aは甲土地をCに売却し、その旨の登記をした。その後、B所有の建物が火災により滅失した。


 さて、この事例において、借地人のBは、借地上の建物の登記があります。

  借地人B       借地人B
   B登記建物   B登記建物
   甲土地    →     甲土地
     (A所有)    売却     (C所有)

 ということは、新地主のCに対し、借地人Bは、甲土地の賃貸借を対抗(賃貸借の権利を法律の保護のもと主張)できます。たとえ新地主のCから「甲土地から出てけ!」と言われても「ワタシは甲土地の借地人だ!だから甲土地を利用する権利がある!」と主張することができます。
 しかし、この事例には、ひとつ問題があります。それは、借地上の建物が滅失してしまった、ということです。

  借地人B       借地人B
   B登記建物   B登記建物滅失
   甲土地    →     甲土地
     (A所有)    売却     (C所有)

 建物が滅失してしまったということは、登記をした建物が消滅してしまったということです。
 存在しない建物の登記などはありえません。つまり、建物が滅失したことによって、その建物の登記は無効のものになってしまうのです。
 すると、借地人Bは、借地上に建物も無ければ登記も無い、という状態になってしまう訳です。
 となると、このような状態で借地人Bは、新地主Cに対して、甲土地の賃貸借を対抗(賃貸借の権利を法律の保護のもと主張)できるのか?ということが、この事例2で考えるべき問題になります。
 結論。借地人Bは、借地借家法10条2項の規定により、次のような対処をすれば、甲土地の賃貸借を対抗できます。

1・建物滅失の日と新建物築造の旨等を、その土地上に掲示する。
(甲土地上に掲示するとは、甲土地上に看板を立てるという意味。つまり、建物滅失の日と新建物築造の旨等を記載した看板を甲土地上に立てる、ということ)
2・建物滅失後、2年以内に、実際に新建物を築造し、その旨の登記をする。

 以上の対処をすれば、借地人Bは、甲土地の賃貸借を新地主Cに対抗することができます。
 したがいまして、事例2の借地人Bが取り急ぎやらなければならないことは、甲土地に必要事項を記載した看板を立てることです。
立て看板
 そして、それから2年以内に新しい建物を建てて登記をすれば、万事OKとなります。

その他のケース

 建物滅失以外でも、借地人の対抗力(法律的な権利)について様々なケースが存在しますので、それらについて簡単に解説します。

・建物の改築・増築等の変更登記をしていない場合
 建物の改築・増築などをしたときは「建物表題部変更登記」をしなければなりません。
 この建物表題部変更登記をしていない場合、借地人の対抗力(法律的な権利)がどうなるのか?ですが、建物の同一性が認められれば、借地人の対抗力(法律的な権利)は維持されます。
「建物の同一性」という要件が気になりますが、極端な改築・増築でなければ問題はないと思われます。

・所有権保存登記はせず表示登記のみの場合
 建物の登記には、どんな建物かを示す表示登記(建物表題登記)と、建物の所有権などの権利関係がどうなっているかを示す権利部の登記があります。
 このうち、権利部の所有権保存登記をせず、表示登記(建物表題登記)のみで借地人の対抗力がどうなるのか?ですが、この場合、借地人の対抗力は認められます。

・土地を分筆して新番の土地に建物が存在しなくなった場合
 分筆とは、土地を分けることです。例えば、甲土地を2つに分割して、小さくなった甲土地と新たな乙土地に分けるようなことです。
 つまり、借地が分筆されて、その借地が建物の建っている部分とそうでない部分とで所有者が別になったような場合に、借地人の対抗力がどうなるのか?ということですが、建物が建っていない部分の土地についても借地人の対抗力は認められます。

・親族名義の登記の場合
 これは、例えば、借地上の建物の登記が、借地人本人ではなく、借地人の親名義の登記だったような場合に、借地人の対抗力がどうなるのか?ということです。
 このような場合、借地人の対抗力は認められません。対抗力が認められるためには、借地人本人名義の登記でなければなりません。

借地人の賃借権の譲渡(転貸)

 賃借人(借り手)は、賃貸人(貸し手)の承諾なしに、借りて利用する権利(賃借権)を他の誰かに譲り渡したり(無断譲渡)、また貸ししたり(無断転貸)することはできません。
 もし、賃借権の無断譲渡・転貸が行われてしまった場合、賃貸人は、その賃貸借契約を解除することができます。(賃借権の無断譲渡・転貸についての解説は「賃借権の無断&適法な譲渡と転貸~」もご参照ください)

借地上の自己所有の建物を借地人は自由に売れる?
一軒家
 今現在、土地を借りて、その土地(借地)上にある自己所有の建物を利用している、という方(借地人)もいらっしゃるかと思います。
 さて、そのような場合、借地人は、その借地上にある自己所有の建物を、地主の承諾なしに売ることはできるのでしょうか?
 結論。借地人は、地主の承諾なしに借地上の自己所有の建物を自由に売ることができます。なぜなら、建物はあくまで借地人の自己所有物だからです。
 したがいまして、借地人が、借地上にある自己所有の建物を売るのは自由なのです。

ワシは借地上にある自己所有の建物を孫に贈与したんじゃが...

 実は、このケースは少し微妙です。というのは、建物を孫に贈与するということは、建物を孫に譲渡することになり、建物を譲渡するということは、それにともなって、その土地の賃借権も譲渡されることになります。
 ということはつまり、賃借権の無断譲渡ということになってしまうのです。となると、地主に土地の賃貸借契約を解除されてしまう可能性があります。そうなると、せっかく建物を贈与された孫が困ってしまいます。
 結論。借地上の自己所有の建物を孫に贈与したケースでは「背信的行為と認めるに足りない特段の事情」が認められ、例外的に、地主の解除権を制限し、建物を贈与された孫は無事、その借地を使い続けることができます。※
※ 「背信的行為と認めるに足りない特段の事情」についての詳しい解説は、「【賃借権の無断&適法な譲渡と転貸】賃貸人の解除権と信頼関係破壊の法理とは」をご参照ください。なお、この「背信的行為と認めるに足りない特段の事情」の立証責任は、賃借人(借地人)の側にあります。

賃貸人の承諾に代わる裁判所の許可

 土地の賃借権(土地を借りて利用する権利)の譲渡が伴う、借地上の自己所有の建物を譲渡・転貸をする場合に、その譲渡・転貸をしても、借地権設定者(賃貸人・地主)にとって、不利になるおそれがないのが明らかなのに、借地権設定者(賃貸人・地主)がその譲渡・転貸を承諾しないとき、賃借人(借地人)は、裁判所にかけあって「賃貸人の承諾に代わる裁判所の許可」を得ることができます。
 これを得ると、賃借人(借地人)は、借地権設定者(賃貸人・地主)の承諾を得たことと同じことになり、問題なく、借地上の自己所有の建物を譲渡・転貸することができます。当然、この場合は、借地権設定者(賃貸人・地主)は、その土地の賃貸借契約を解除することはできません。
 また、この「賃貸人の承諾に代わる裁判所の許可」の仕組みは、借地上の建物が競売された場合にも規定があります。(借地借家法20条)。※
※競売については、抵当権などの担保物権についての記事で解説します。(抵当権の基本についての詳しい解説は「抵当権の超基本~その特徴と意味を徹底解説!」をご覧ください)


 というわけで、今回は以上になります。
 宅建試験や行政書士試験や公務員試験などの民法の学習、独学、勉強、理解の助力としていただければ幸いです。
 最後までお読みいただきありがとうございます。

【賃借権の相続】賃貸人&相続人vs内縁の妻の対抗問題/賃料債権&債務の相続と不可分債務とは

▼この記事でわかること
賃借権の相続
内縁の妻とは
賃貸人(貸主)と死亡した借主の同居人の対抗問題(オーナーvs内縁の妻)
相続人と死亡した借主の同居人の対抗問題(相続人vs内縁の妻)
相続人がいない場合の内縁の妻を救う立法措置
賃貸人(貸主・オーナー)&賃借人(借主)死亡による賃料債権・債務の相続と不可分債務
(上記クリックorタップでジャンプします)
 今回はこれらの事について、その内容、意味、結論、理由など、わかりやすく学習できますよう解説して参ります。
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賃借権の相続

 不動産の所有者が死亡したら、その不動産の所有権は、相続人に相続されます。
 では、不動産の賃借人(借主)が死亡した場合は、その賃借権(借りて利用する権利)はどうなるのでしょうか?
 結論。賃借権は相続されます。
 ですので、例えば、賃貸マンションに住んでいる家族の世帯主が死亡しても、残された家族が賃借権を相続するので、賃貸人(貸主・オーナー)から立退き請求されることもなく、残された家族はそのマンションに住み続けることができ、路頭に迷わずに済みます。というか、路頭に迷わずに住めます(笑)。

同居人が世帯主の相続人ではなかった場合

 さて、賃借権の相続についての、真の問題はここからになります。
 賃貸マンションに住んでいる家族の世帯主が死亡しても、残された家族は賃借権を相続するので問題ありません。では、残された家族(同居人)が、世帯主の相続人ではなかった場合、一体どうなるのでしょうか?

事例1
BはA所有の甲建物を賃借して、内縁の妻Cと共に住んでいる。その後、Bは死亡した。なお、Bには別れた先妻との間の子供Dがおり、DはAの唯一の相続人である。


 まず、本題に入る前に「内縁の妻」について、簡単に解説しておきます。
 内縁の妻とは「男女が婚姻の意思をもって共同生活(いわゆる同棲のこと)を送っているものの、婚姻届を提出していない場合の女性」のことです。
 よく「内縁関係」とか「事実婚」とか呼ばれる状態にある女性が、まさにこの「内縁の妻」にあたります。
 もっと噛み砕いて言えば、将来の結婚を考えて同棲しているカップルは「内縁関係」にあり、そのカップルの彼女が「内縁の妻」です。(内縁について詳しくは、別途「家族法」分野の「親族」についての解説で、詳しく解説します)。

オーナーAは内縁の妻Cに出てけと言えるのか

 内縁の妻については、おわかりになっていただけましたよね。
 という訳で、ここから本格的に事例の解説に入って参りますが、事例1は、登場人物が4人いて、少し複雑に感じるかもしれません。ですので、ここで一度、事例の状況を噛み砕いて整理してみましょう。

「将来の結婚を考えているB男とC子というカップルが、A所有の建物で同棲していたが、ある日、B男が死亡した。そして、死亡したB男には、以前に離婚した奥さんとの間の子供Dがいて、なんと、そのDが、B男の唯一の相続人だった!」

 噛み砕くと、こんな話です。これならわかりやすいですよね。
 そして、なんだか一悶着ありそうニオイがプンプンしますよね(笑)。
 さて、それではこの事例1で、甲建物のオーナーAは、内縁の妻Cに対して「甲建物から出てってくれ」と、立退き請求ができるでしようか?
 結論。甲建物のオーナーAは、内縁の妻のC子に対して、立退き請求をすることはできません。なぜなら、内縁の妻のC子は、B男の相続人である子供Dの賃借権援用できるからです。

あくまでBの賃借権を相続するのはD
こども
「BからDが相続した甲建物の賃借権を援用できる」という意味は、簡単に言えば、内縁の妻のC子は「他人(相続人の子供D)のふんどしで相撲を取れる」ということです。
 つまり、オーナーAから「甲建物から出てってくれ」と立退き請求をされても、内縁の妻のC子は相続人Dの賃借権を盾に「わたしはここに住み続けます」と正当に主張することができます。内縁の妻のC子は「相続人Dの賃借権」という名の守護獣を召喚できるのです(笑)。
 また「Bの持っていた甲建物の賃借権を相続するのはあくまでD」というのは、つまり、甲建物の賃料支払い義務内縁の妻Cではなく相続人Dが負います。
 したがいまして、甲建物の家賃を払わなければならないのは、相続人Dになります。
 え?意味わからん!
 ですよね。ただ、これは判例で、なんとか内縁の妻を救い出すために出された結論なのです。

なぜそこまでして内縁の妻を救う必要があるのか

 もし、内縁の妻が救われない結論を出してしまうと、同棲するリスクが高まってしまうと考えられます。
 それは将来の結婚を考えたカップルには酷な話ですよね。
 そして、同棲のリスクが高まると、それに伴って婚姻率・出生率も下がってしまって、ひいては「国家の繁栄を阻害することにも繋がりかねない」というようなことまでも、大袈裟ではありますが、考えられなくもないのです。
 したがって、強引ではありますが、このような結論になるのかと思われます。

内縁の妻vs相続人

 ここで再び事例1をご覧ください。

事例1
BはA所有の甲建物を賃借して、内縁の妻Cと共に住んでいる。その後、Bは死亡した。なお、Bには別れた先妻との間の子供Dがおり、DはAの唯一の相続人である。


(噛み砕いたバージョン)
将来の結婚を考えているB男とC子というカップルが、A所有の建物で同棲していたが、ある日、B男が死亡した。そして、死亡したB男には、以前に離婚した奥さんとの間の子供Dがいて、なんと、そのDが、B男の唯一の相続人だった!


 さて、この事例1で、オーナーAが、内縁の妻C子に対して立退き請求ができないのはわかりました。
 では、甲建物の賃借権を相続したDが、内縁の妻Cに対して、立退き請求をすることはできるのでしようか?
 そもそも、甲建物の賃借権を相続したのはDです。ましてや甲建物の家賃支払い義務を負っているのもDです。
 そして、事例1の状況を現実的な視点で考えると、B男の内縁の妻C子と、B男の前の奥さんとの間の子供D。この二人、実際は仲が悪いことの方が多いのではないでしょうか?
 そもそも、C子がB男と婚姻(結婚)せず、内縁の妻のままでいた理由として、前の奥さんとの間の子供Dが、B男とC子の再婚について反対していた可能性もあります。
 このように考えていくと、たとえ内縁の妻C子が、相続人Dの賃借権を援用して、甲建物に居続けることができるにしても、それをDが指をくわえて黙って見ているとも思えないですよね?むしろ、相続人Dから内縁の妻C子に対し「甲建物から出てけ!」と言ってくる可能性の方が高いのではないでしょうか?

 結論。相続人Dは、内縁の妻Cに対して、甲建物の立退き請求をすることはできません。
 これは、判例でこのような結論になっています。
 つまり!相続人Dから内縁の妻C子への立退き請求を、裁判所が許さなかったのです。
裁判所
 しかも、裁判所はその理由について「信義則」に並ぶ、民法の奥義を繰り出しました。
 裁判所が、相続人Dから内縁の妻Cへの立退き請求を認めさせないために持ち出した民法の規定はこちらです。

(基本原則)
民法3条
権利の濫用は、これを許さない。


 この民法3条、実にざっくりした規定ですよね(笑)。
 要するに、裁判所は「相続人Dから内縁の妻Cに対する立退き請求権利の濫用だ」と言っているのです。
 権利の濫用とは、簡単に言うと「やり過ぎ」ということです。つまり、相続人Dから内縁の妻Cに対する立退き請求は、甲建物の賃借権を相続しているDの正当な権利ではあるが、でもDさんそれはちょっとやり過ぎじゃね?ということです。
 したがいまして、相続人Dは、内縁の妻Cに対し、甲建物の立退き請求ができないのです。

相続人がいない場合の内縁の妻

事例2
BはA所有の甲建物を賃借して、内縁の妻Cと共に住んでいる。その後、Bは死亡した。なお、Bには相続人がいない。


 賃借権(借主の地位)は相続されます。しかし、この事例2のBには相続人がいません。そこで問題になるのは、内縁の妻Cです。
 というのは、もしBに相続人がいた場合は、その相続人が甲建物の賃借権を相続して、内縁の妻は、その相続人に相続された賃借権を援用することによって、甲建物のオーナーAから、立退き請求をされずに済みます。
 しかし、Bに相続人がいないとなると、内縁の妻は、賃借権の援用ができなくなります。賃借権の援用という名の守護霊獣が召喚できないんです。
 さて、ではこの事例2で、オーナーAは、内縁の妻Cに対して、甲建物の立退き請求をすることができるのでしょうか?
 結論。オーナーAは、内縁の妻Cに対して、甲建物の立退き請求をすることはできません。
 なぜなら、この事例2のケースでは、内縁の妻Cは、甲建物の賃借権自ら取得するからです。

相続人がいない場合の内縁の妻を救う立法措置

 実は、事例2のようなケースについては、内縁の妻Cのような立場の者を救うための、立法措置が施されています。

(居住用建物の賃貸借の承継)
借地借家法36条
居住の用に供する建物の賃借人が相続人なしに死亡した場合において、その当時婚姻又は縁組の届出をしていないが、建物の賃借人と事実上夫婦又は養親子と同様の関係にあった同居者があるときは、その同居者は、建物の賃借人の権利義務を承継する。

 上記の規定により、内縁の妻Cは、死亡した賃借人Bに相続人がいないので、Bの賃借人(借主)としての権利義務を承継します。(甲建物の賃借権を取得)
 これにより、甲建物のオーナーAから立退き請求をされることなく、内縁の妻Cは、甲建物に居続けることができるのです。
 また、内縁の妻Cが自らBの賃借人としての権利義務を承継するということは、家賃支払い義務内縁の妻C自身が負うことになります。この点は、賃借人Bに相続人がいて、その賃借権を援用する場合とは異なりますので、ご注意ください。
 なお、この借地借家法36条の規定の適用は、居住用建物の場合に限ります。
 ですので、もし甲建物を事務所として使用していた等の場合は、内縁の妻Cは、オーナーAから立退き請求をされてしまうと、甲建物から出て行かざるを得なくなります。この点も併せてご注意ください。

内縁の妻Cが賃借人Bの権利義務を承継したくない場合

 ところで、内縁の妻Cが、Bが死亡したことで、むしろ甲建物から退去したかった場合、つまり、Bの権利義務を承継したくない場合は、一体どうすればいいのでしょうか?
 これについても、借地借家法36条に続きがあり、下記のような規定を置いています。

(借地借家法36条続き)
ただし、相続人なしに死亡したことを知った後一月以内に建物の賃貸人に反対の意思を表示したときは、この限りでない。

 つまり、内縁の妻Cは、Bが死亡したことを知ってから1ヶ月以内であれば、Bの権利義務を承継しない、という選択を取ることも可能です。
 場合によっては、権利義務を承継する方が内縁の妻にとって酷になってしまうケースもありえます。
 ですので、このような形で、内縁の妻には、承継するかしないかのどちらかを自分で選択できる権利が与えられているのです。

賃料債権・債務の相続
素材102マンション
 賃貸人(貸主・オーナー)または賃借人(借主)が死亡して、その相続人が複数いる場合に、その賃料債権・債務、つまり、家賃の問題はどのようになるのでしょう?

賃貸人(貸主・オーナー)死亡ケース

事例3
Aは自己所有の甲建物をBに賃貸している。その後、Aが死亡し、Aの妻Cと子供Dが、Aを相続した。


 この事例3では、甲建物のオーナーAが死亡し、甲建物のオーナーの地位を妻Cと子供Dが相続しています。
 さて、ではこの場合に、甲建物の賃料債権(家賃払え!という権利)はどのようになるのでしょうか?
 結論。甲建物の賃料債権は、相続分に応じて分割されて、妻Cと子供Dに相続されます。
 どういうことかと言いますと、例えば、甲建物を家賃10万円でBに賃貸していた(貸していた)場合、Bに家賃を請求できる権利は、妻C5万円分子供D5万円分、と相続されます。

賃借人(借主)死亡のケース

事例4
Aは自己所有の甲建物をBに賃貸している。その後、Bが死亡し、Bの妻Cと子供Dが、Bを相続した。


 この事例4では、甲建物の賃借人Bが死亡し、Bの賃借権(借主の権利)を、妻Cと子供Dが相続しています。
 さて、ではこの場合に、甲建物の賃料債務(家賃を払う義務)はどのようになるのでしょうか?
 結論。賃料債務は不可分債務です。不可分債務とは「分割できない債務」という意味です。
 つまり、甲建物の賃借権(甲建物を借りて利用する権利)は妻Cと子供Dに相続されましたが、甲建物の家賃債務を、Cが5万円、Dが5万円、というように分割することかできないのです。
 そして、賃料債務が分割できないということは、妻Cと子供Dはそれぞれ、全額の家賃支払い義務を負うことになります。
 ですので、甲建物のオーナーAは、妻Cに対して全額の家賃10万円を請求することができ、子供Dに対しても全額の家賃10万円を請求することができます。
 ただし、オーナーAが、CとD、それぞれに対して全額の家賃を請求できるといっても、合わせて20万円の家賃を受領することはできません。受け取れる家賃はあくまで10万円です。仮に、妻Cに対して全額の家賃10万円を請求して、妻Cから10万円を受領した場合、子供Dの10万円の家賃債務も弁済された(支払われた)ことになります。

賃借人が複数いる場合は賃貸人の債務も不可分になる

 なぜ賃借人の賃料債務が不可分かといいますと、賃貸人(貸主・オーナー)の賃借人(借主)に対する債務も不可分だからです。
 賃貸人(貸主・オーナー)の賃借人(借主)に対する債務とは「目的物を使用収益させる」ことです。
 なので、事例のオーナーAは、CとDに対して、甲建物を使用収益させなければなりません。
 そしてこの債務は、不可分なのです。例えば、妻Cにはリビングを賃貸してバスルームは使わせず、子供Dにはバスルームを賃貸してリビングを使わせない、なんてことはできませんよね。
 したがいまして、賃貸人の賃借人に対する債務は不可分債務となるので、賃借人の賃貸人に対する賃料債務も不可分債務となるのです。


 というわけで、今回は以上になります。
 宅建試験や行政書士試験や公務員試験などの民法の学習、独学、勉強、理解の助力としていただければ幸いです。
 最後までお読みいただきありがとうございます。

【賃貸不動産の損傷&滅失】賃借人(借主)の同居人は履行補助者とは/不可抗力の建物損傷について

▼この記事でわかること
賃借人(借主)の同居人による建物損傷ケース
賃借人(借主)の同居人は履行補助者
誰の過失もなく建物が損傷・滅失した場合
(上記クリックorタップでジャンプします)
 今回はこれらの事について、その内容、意味、結論、理由など、わかりやすく学習できますよう解説して参ります。
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賃貸不動産の損傷・滅失
賃借人(借主)の同居人による不動産損傷ケース

 例えば、賃貸マンションを借りて住んでいる借主(賃借人)が、不注意でそのマンションを損傷させてしまった場合、借主はその損害を賠償しなければなりません。
 では、次のような場合はどうなるのでしょうか?

事例
BはA所有の甲建物を賃借して、妻Cと共に暮らしている。ある日、Cの不注意により甲建物が損傷した。


 この事例で、甲建物の賃貸借契約を結んでいるのはオーナー(貸主・賃貸人)のAと借主(賃借人)のBです。
 つまり、契約関係にあるのはAとBになります。AとCは契約関係にはありません。
 さて、それではこの事例で、オーナー(貸主・賃貸人)Aと契約関係にない妻Cの不注意による損傷について、無過失(ミス・落ち度のない)のBは賃貸借契約上の損害賠償責任を負うことになるのでしょうか?
 結論。妻Cの不注意による損傷について、借主(賃借人)Bは損傷賠償責任を負います。
 これは、一般論として当たり前に納得できる結論ですよね。
 ただ、よくよく考えてみてください。
 オーナー(貸主・賃貸人)Aと契約関係にない妻Cの過失について、過失のない借主(賃借人)Bが責任を負うというのは、ちょっとオカシイような気もしますよね。

賃借人(借主)の同居人は履行補助者

 賃貸人(貸主)は賃借人(借主)に対して「目的物を使用収益させる義務」を負います。
 一方、賃借人(借主)は賃貸人(貸主)に対して、賃料債務(家賃支払い義務)を負うとともに「目的物について善良な管理者としての注意義務(善管注意義務)」を負います。
 善管注意義務とは「一般的に常識的に求められる注意を持って管理する義務」ということです。
 つまり、甲建物の賃借人Bは、甲建物を一般的に常識的に求められる注意を持って管理しなければなりません。イライラして壁にパンチして建物を損傷させた、なんてもってのほかです。
 さて、賃借人Bが善管注意義務を負うことはわかりました。
 では、同居人の妻Cの過失について、賃借人(借主)Bが責任を負うというのは、一体どういう理屈なのでしょうか?
裁判所
 これについて判例では、同居人のCを、賃借人Bの負う「善管注意義務についての履行補助者」と考えます。
 そして、信義則上「賃借人Bの善管注意義務についての履行補助者」である同居人の妻Cの過失は、賃借人Bの過失と同視され(Bの過失と同じだと扱われる)、賃借人Bはその賠償責任を負うとしています。
 噛み砕いて簡単に言いますと、Bは、妻Cの過失について「嫁がやったことだし。オレじゃねーし」と主張することは許されない、ということです。

誰の過失もなく建物が損傷・滅失した場合

 賃借人(借主)または同居人の過失は、賃借人(借主)が責任を負います。
 反対に、賃貸人(貸主・オーナー)に過失がある場合は、賃貸人(貸主・オーナー)が責任を負います。
 では、誰の過失もなく、つまり、不可抗力で建物が損傷・滅失した場合(要するに誰も悪くない場合)は、一体どうなるのでしょうか?
 民法では次のように規定します。

(賃借物の一部滅失等による賃料の減額等)
民法611条
1項 賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される。
2項 賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは、賃借人は、
契約の解除をすることができる。

 結論。民法611条の規定により、その賃借物の滅失割合に応じて、当然に借賃が減額されます。
 つまり、不動産賃貸借の場合、その不動産が不可抗力で一部損傷・滅失したときは、その不動産のダメージの割合に応じて当然に家賃が減額されます。
 また、損傷・滅失した賃借物が、残存部分だけでは賃借の目的を達することができなければ、契約の解除をすることができます。
 つまり、居住用の不動産賃貸借の場合、その居住用不動産が不可抗力で損傷・滅失したとき、残存部分だけでは住むことができないのあれば、賃借人(借主)は、賃貸借契約を解除できるということです。
 なお、賃借物の全部が滅失したときは、滅失の原因の如何を問わず、賃貸借契約は解除を待たず当然に終了します。(民法616条の2)
 ここでひとつ注意点です。
「解除を待たず当然に終了する」ということは、解除はできません。賃借物の全部滅失によりすでに消賃貸借契約は消滅しているからです。すでにゼロになっているもの(無くなっているもの)を解除することはできません。
 この点はお気をつけください。 


 というわけで、今回は以上になります。
 宅建試験や行政書士試験や公務員試験などの民法の学習、独学、勉強、理解の助力としていただければ幸いです。
 最後までお読みいただきありがとうございます。

【賃貸借契約の存続期間】立ち退き請求と正当事由とは/建物築造(再築)による借地期間延長と地主の承諾の有無について

▼この記事でわかること
賃貸借契約の存続期間の基本~建物の場合
借地(土地)の場合
契約期間の満了と立ち退き請求の正当事由
建物築造(再築)による借地期間延長と地主の承諾の有無
(上記クリックorタップでジャンプします)
 今回はこれらの事について、その内容、意味、結論、理由など、わかりやすく学習できますよう解説して参ります。
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賃貸借契約の存続期間

 賃貸借契約には、存続期間というものがあります。
 賃貸借契約の存続期間とは、要するに契約期間のことです。
 通常の住宅用不動産賃貸だと、契約期間は2年間で、解約の意思がなければ2年ごとに更新、というのが多いかと思います。
 では、例えば、契約期間を10年とすることも可能なのでしょうか?
 民法の規定を見てみましょう。

(賃貸借の存続期間)
民法604条
賃貸借の存続期間は、五十年を超えることができない。契約でこれより長い期間を定めたときであっても、その期間は、五十年とする。


 上記、民法604条にあるように、賃貸借の契約期間は、50年までなら設定可能です。
 したがいまして、賃貸借の契約期間を10年とすることは可能です。
 なお、もし50年を超えた契約期間を定めた場合は、その賃貸借の契約期間は50年になります。つまり、もし55年という契約期間を定めたとしても、民法の規定によりその契約期間は50年になる、ということです。

 さて、では今度は逆に、契約期間を6ヶ月という短期間に定めることは可能なのでしょうか?
 これについての規定はこちらです。

(建物賃貸借の期間)
借地借家法29条
期間を一年未満とする建物の賃貸借は、期間の定めがない建物の賃貸借とみなす。


 上記条文にあるように、契約期間を1年未満とする賃貸借は、期間の定めのない賃貸借契約となります。
 したがいまして、賃貸借の契約期間を6ヶ月とすることはできず、もし契約期間を6ヶ月としても、その賃貸借契約は期間の定めのないものとなります。
 なお、この規定は建物に限ります。ですので、例えば「1日だけの駐車場の賃貸」というのは可能です。

借地の場合
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 さて、ここまでは建物の賃貸借を見て参りましたが、土地の賃貸借(つまり借地)の場合はどうなんでしょう。
 借地の場合は、建物の場合などとは少々異なります。

(借地権の存続期間)
借地借家法3条
借地権の存続期間は、三十年とする。ただし、契約でこれより長い期間を定めたときは、その期間とする。


 借地の場合は、最低契約期間が30年です。つまり、借地の期間を30年未満に設定することはできません。
 もし借地契約の期間を30年未満に設定しても、上記の借地借家法3条の規定により、その契約期間は30年となります。つまり、例えば、借地契約の期間を25年と設定しても、その借地契約は30年と扱われます。
 また、30年より長い期間の借地契約の設定は可能です。40年だろうが50年だろうが、30年よりも長い期間であれば自由に設定できます。

【補足:地上権の存続期間】

 地上権の場合、存続期間について、制約はありません。つまり「存続期間永久!」という地上権を設定・登記することも可能です。
 しかも、地上権は地代をタダにすることができるので「存続期間永久!地代は無料!」という、まるで何かのキャンペーン広告のような地上権を設定することも可能です。
 なお、地上権の存続期間を定めなかった場合に、別段の慣習がなければ、地上権者は、その地上権をいつでも放棄することができます(民法268条1項)。
 また、地上権の存続期間を定めなかった場合に、地上権者がその地上権を放棄しないとき、当事者の請求により、裁判所は、20年以上50年以下の範囲内で、その存続期間を定めることができます。(民法268条2項)

契約期間の満了と立ち退き請求の正当事由

 借地借家法では、法定更新の制度があります。
 法定更新とは、契約の定めにでなく、法律の定めによって契約が更新される、ということです。
 法律の定めによって契約が更新されるという意味は、契約で取り決めていなくても、法律の定めによって自動的に更新されるという意味です。
 これは、賃借人(借主)側を厚く保護する規定で、賃貸人(オーナー)側からの更新拒絶厳しく制限しています。
 もし、賃貸人(オーナー)側から更新を拒絶、つまり、賃借人(借主)に出てってくれとお願いする場合は、正当事由を要します。
 正当事由とは、簡単に言うと「正しい理由」です。そして、実はこの正当事由が、現実においてはかなり認められづらくなっています。
「正当事由が認められづらい」とは何を意味しているのかと言いますと、オーナー側から借主側に対して立ち退きを要求するときに「その要求を正当なものだとするための正しい理由」が裁判所に認められづらい、という意味です。
 正当事由が認められなければ、立ち退き請求も認められません。つまり、オーナー側から借主側に対して「出てってくれ!」と請求しても、出て行ってもらえないということです。これが、いわゆる賃貸不動産の「立退き問題」の難しさに繋がっているのです。(この問題につきましては、また別途改めてご説明申し上げます)
 なお、民法上では、賃貸借契約の期間が満了すると契約終了、ということになっています。しかし、契約期間が満了しても、賃借人(借主)が目的物の使用収益を継続し、それに対して賃貸人(貸主・オーナー)が異議を述べなければ、その賃貸借契約は自動的に更新されます。
 あくまで優先して適用されるのは借地借家法になりますが、この点も併せて覚えておいてください。

建物築造(再築)による借地期間延長

事例
BはA所有の甲土地について、存続期間30年の借地契約を結んだ。そしてBは、甲土地上に自己所有の建物を築造して住んでいる。20年後、甲土地上にあるB所有の建物が火災により焼失(滅失)した。そこでBは、甲土地上に自己所有の建物を再築した。


 これは、借地人Bが地主Aと、契約期間30年借地契約を結び、借地上に自己所有の建物を築造して住んでいたものの、20年後にその建物が火災により焼失(滅失)してしまったので、建物を再築した、という話です。
 さて、この事例で、借地人Bは甲土地に築造した建物が火災により焼失してしまったので再築した訳ですが、借地人Bは、地主Aの承諾なく、勝手に建物を再築してしまってもいいものなのでしょうか?
 結論。借地人Bは、地主Aの承諾なく、勝手に建物を再築できます。
 ただし!再築の際、地主Aの承諾を得たか得ないかで、その後の法律的な扱いが変わります。

地主Aの承諾を得た場合
OKあばあさん
 借地人Bが地主Aの承諾を得た上で建物を再築した場合は、借地借家法7条1項の規定により、Bの持つ借地権の存続期間「地主Aの承諾があった日」または「建物が再築された日」の、いずれか早い日から20年間になります。

(建物の再築による借地権の期間の延長)
借地借家法7条1項
借地権の存続期間が満了する前に建物の滅失(借地権者又は転借地権者による取壊しを含む。以下同じ。)があった場合において、借地権者が残存期間を超えて存続すべき建物を築造したときは、その建物を築造するにつき借地権設定者の承諾がある場合に限り、借地権は、承諾があった日又は建物が築造された日のいずれか早い日から二十年間存続する。ただし、残存期間がこれより長いとき、又は当事者がこれより長い期間を定めたときは、その期間による。


 事例で、甲土地上にあるB所有の建物は、借地権設定から20年経ってから焼失(滅失)して、それから再築しました。
 となると、AとBの借地契約は期間30年のものなので、再築後の建物を使えるのは30-20=10年ということになります。
 さて、これってどうでしょう?せっかく再築した建物が10年しか使えないのって、もったいないと思いませんか?かといってBは、建物を再築しないことには住む家がありません。もちろん他の賃貸物件に引っ越すことも可能ですが、そうすると甲土地の借地権が無駄になります。
 このようなケースで再築した建物の全てが、こんな「もったいない」事態に陥ってしまうのは、社会的な経済的損失も大きいでしょう。そこで、借地借家法7条1項の規定により、地主の承諾を得た場合に限り、救いの手を用意しているのです。
 したがいまして、事例で、借地人Bが地主Aの承諾を得た上で建物を再築した場合は、その再築時には、すでに甲土地の借地期間が残り10年となっていますが、借地借家法7条1項の規定により、その借地期間(借地権の存続期間)「地主Aの承諾があった日」または「建物が再築された日」「いずれか早い日から20年間」になります。つまり、いずれにせよ10年間は甲土地の借地期間が延長されることになるのです。
 なお、元々の借地権の残存期間が20年より長かったのであれば元々の長い方の残存期間になります。例えば、B所有の建物が借地権設定から5年後に滅失して再築していた場合、元々の借地期間が、まだ25年間残っていますので、その場合は、そのまま25年が借地権の残存期間となる、という訳です。
 また、当事者同士が、借地借家法の規定よりも長い期間を定めたならばその期間になります。例えば、借地人Bと地主Aの間で、借地権の存続期間を再築した日から30年と定めたならば、その期間になるということです。

地主Aの承諾がなかった場合

 地主Aの承諾がなくても、借地人Bは甲土地上に建物の再築を強行できます。
 ただし、その場合は、借地借家法7条1項による、借地期間の延長のメリットは受けられません。元々の取り決めのとおりに借地期間は満了します。
 すると、借地人Bとしては、借地契約の更新という手段が残されていますが、このときに「地主Aの承諾なしに建物の再築を強行した」という事実が、不利に働く可能性があります。要するに、地主A側の更新拒絶の正当自由が認められやすくなる可能性があるということです。
 ということなので、借地上の建物を再築する際は、地主の承諾を得るにこしたことはないでしょうね。

地主がいつまでも返事しない場合
困惑おばあさん
 もし借地人Bが、地主Aに対して建物の再築の承諾を得ようと通知を出しているのにも関わらず、地主Aがいつまでも返事をしない場合、どうなるのでしょう?
 そのような場合、借地借家法2項の規定により、2ヶ月以内に地主Aが建物再築について返事しないと地主Aの承諾があったとみなされます。(みなし承諾)
 つまり、2ヶ月以内に建物再築についての地主Aの返事がない場合は、それは法的に「地主Aの承諾があった」とみなされ、借地人Bは安心して建物の再築が行えます。

借地借家法7条2項
借地権者が借地権設定者に対し残存期間を超えて存続すべき建物を新たに築造する旨を通知した場合において、借地権設定者がその通知を受けた後二月以内に異議を述べなかったときは、その建物を築造するにつき前項の借地権設定者の承諾があったものとみなす。



 以上、賃貸借の存続期間(契約期間)についての解説でした。
 ハッキリ言って、賃貸借については民法だけではお話になりません。
 ですので、借地借家法の規定をしっかり押さえていただければと存じます。
 というわけで、今回は以上になります。
 宅建試験や行政書士試験や公務員試験などの民法の学習、独学、勉強、理解の助力としていただければ幸いです。
 最後までお読みいただきありがとうございます。

【賃貸借の終了】必要費と有益費・価値増加現存分の償還請求とは/造作買取請求権と建物買取請求権とは

▼この記事でわかること
賃貸借の終了の基本
有益費について
賃借人の造作買取請求権
借地人の建物買取請求権
(上記クリックorタップでジャンプします)
 今回はこれらの事について、その内容、意味、結論、理由など、わかりやすく学習できますよう解説して参ります。
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賃貸借の終了

 賃貸借契約が期間満了になると、賃借人(借主)は、その契約を更新するか終了するかを選ぶことになります。(賃貸人から更新拒絶する場合は正当事由が必要になります)
 さて、それでは、賃貸借契約が終了すると、賃借人(借主)が賃借物について支出した費用があった場合、それはどうなるのでしょうか?

 賃借人(借主)が賃借物を賃借中に支出した費用があった場合、その費用は、賃貸人(貸主・オーナー)に対して償還請求することができます。
 償還請求というのは「支出した費用を払え」ということです。例えば、賃貸マンションの賃借人(借主)が、その賃貸マンション(賃借中の建物)について支出した費用があれば、賃借人(借主)は賃貸人(貸主・オーナー)に対して、支出した分の費用を請求できます。
 そして、その費用は、以下の2種類に分けることができます。

・必要費
・有益費


【必要費】
 これは物を保存・管理するための費用、つまり、現状の価値を維持するための費用で、いわゆる修繕費のことです。
 例えば、雨漏りの修繕、水まわりの修繕、エアコンの修繕などです。
【有益費】
 物の価値を増加させる費用、つまり、物をグレードアップさせる費用です。例えば、外壁工事の美化、トイレのウォシュレットへの交換などです。

 以上の費用を、賃借人(借主)は賃貸人(貸主・オーナー)に対して償還請求することができるのです。
 なお、必要費については、費用発生次第、賃借人は賃貸人に対し、直ちに償還請求できます。
 一方、有益費については、賃貸借契約の終了のときになって初めて、民法196条の規定に従って償還請求できます。

有益費についての注意点

 賃借人(借主)は賃貸借契約の終了のとき、賃貸人(貸主・オーナー)に対して有益費の償還請求ができるわけですが、その際、つまり賃借人に償還請求されたときに賃貸人(貸主・オーナー)は、償還する費用を「支出額」「価値増加の現存分」の、どちらかを選択することができます。
「支出額」はわかりますが、価値増加の現存分とは何なのでしょう?
 例えば、賃貸中に賃借人(借主)が建物の価値を増加させる増強をしていても、賃貸借契約の終了のときには、増強部分が滅失してしまっていたような場合は「価値増加の現存分はなし」と判断されます。つまり、そのような場合は、賃貸人(貸主・オーナー)は、賃借人から有益費の償還請求をされても「価値増加の現存分」を選択すれば、結果として何も支払わずに済ませることができます。
 また、賃借人(借主)が賃貸人(貸主・オーナー)に有益費の償還請求をした際、裁判所は、賃貸人(貸主・オーナー)の請求により「相当の期限の許与」をすることができます。
裁判所
 この場合、賃貸人(貸主・オーナー)は「相当の期限」償還請求された支払いを待ってもらうことができます。
 なお、裁判所により「相当の期限の許与」がされると、明渡しが先履行となるので、賃借人(借主)は、賃貸借契約終了時に、有益費の支払い請求を根拠とする留置権の主張ができなくなります。
 要するに、本来、賃借人(借主)は、有益費の償還請求をした場合、賃貸人(貸主・オーナー)がその有益費の支払いをするまでは、明渡しを拒むことができます。「有益費を支払うまで明け渡さん!」と主張できるのです。しかし、裁判所による「相当の期限の付与」があった場合は、賃借人(借主)は、その主張ができないということです。
※留置権についての詳しい解説は「【留置権】最強の担保物権?成立要件と対抗力」をご覧ください。

補足
 現実には、賃貸借契約の際、契約条項に、有益費の償還請求権を排除する特約を置いていることがほとんどだと思います。
 なぜなら、有益費の償還請求権は任意規定※なので、特約で問題なく排除することが可能なのです。
 賃貸人(貸主・オーナー)が、自分に不利になるような規程を排除せず、わざわざ置いたままにしておく方が、むしろ考えにくいということです。
※任意規定(任意法規)についての詳しい解説は「強行法規と任意法規とは?その意味と違い」をご覧ください。

造作買取請求権

 賃借人(借主)には、賃借物について賃借中に支出した費用があれば、賃貸人(貸主・オーナー)に対してそれを請求する費用償還請求権があることは分かりました。
 では、賃借人が、賃借物について賃借中に、何らかの造作を施した場合は、一体どうなるのでしょうか?

【造作】
 造作とは「建物に付加された物で、借家人の所有に属し、かつ、建物の使用・収益に客観的便益を付与するもの」を言います。
 造作は動産になるのですが、建物に設置され、容易に取り外しができないもので、建物の使用価値を増大させるものが、これに当てはまります。
 一方、取り外しが容易であり、撤去しても建物の価値に影響を及ぼさないものは造作には当たらない、と考えられています。
 判例上、空調設備、雨戸、事業用賃貸の場合の広告用表示版などが、造作に該当するとされています。

 さて、「賃貸借契約が終了すると造作は一体どうなるのか?」に話を戻します。
 民法の原則では、賃借人(借主)が賃借中に建物に付加した造作は、賃貸借契約終了時に、賃借人(借主)が収去(造作をする前の元の状態に戻すこと)しなければなりません。
 しかし、借家借家法33条により「造作買取請求権」という規定が設けられています。

(造作買取請求権)
借地借家法33条
建物の賃貸人の同意を得て建物に付加した畳、建具その他の造作がある場合には、建物の賃借人は、建物の賃貸借が期間の満了又は解約の申入れによって終了するときに、建物の賃貸人に対し、その造作を時価で買い取るべきことを請求することができる。建物の賃貸人から買い受けた造作についても、同様とする。


 借地借家法は民法よりも優先して適用されます。よって、この規定により、賃借人(借主)は、賃借中の建物に付加した造作がある場合、賃貸借契約終了時に、賃貸人(オーナー)に対して、その造作の時価の買取を請求することができます。つまり、賃借人は「造作を時価で買い取れ!」と賃貸人に対し請求できるのです。
 ただし、賃貸人(オーナー)の同意を得て造作をしていた場合に限ります。賃貸人に無断で、賃借人(借主)が勝手に造作していた場合は、上記の規定による造作買取請求はできません。

補足
 造作買取請求権は任意規定になります。よって、契約の条項で問題なく排除することが可能です。
 したがいまして、現実においては、賃貸借契約の際に、造作買取請求権を排除する旨の特約を置いていることがほとんどでしょう。
 なお、造作買取請求権が正当で有効な場合は、賃借人(借主)が賃貸人(貸主・オーナー)に対して造作買取請求をしたとき、賃貸人がその代金を支払わない間は、同時履行の抗弁権により、賃借人(借主)は建物の明渡しを拒むことができます。(同時履行の抗弁権について詳しい解説は「契約解除後~同時履行の抗弁権」をご覧ください)。
 つまり、賃借人(借主)は「造作の代金を支払うまで建物は明け渡さん!」と賃貸人(貸主・オーナー)に主張できるということです。
 なぜ、現実には、特約により造作買取請求権を排除していることがほとんどな理由は、これでよくお分かりになりますよね。
 そうです。造作買取請求権は、賃貸人(貸主・オーナー)側にとって不利になるものだからです。

土地の賃貸借(借地契約)の終了
借地人の建物買取請求権
家くん
 建物の場合、賃貸借契約が終了すると、賃借人は賃貸人(オーナー)に対し、有益費の償還請求や造作買取請求をすることができます。
 では、借地上に自己所有の建物を有していた場合、その土地賃貸借契約が終了すると、借地人は、賃貸人(地主)に対して何か請求ができるのでしょうか?
 借地人は、借地権の存続期間が満了し(借地契約の期間が満了し)、契約の更新がないとき、賃貸人(地主)に対して、借地上の自己所有の建物を時価で買い取ることを請求することができ、これを建物買取請求権と言います。
 本来の賃貸借の原則に立てば、借地人は、土地賃貸借契約が終了すると、原状回復義務として、建物を取り壊して、借地を更地にした上で返還しなければなりません。
 しかし、そのような原則に従って、まだ使用可能な建物であっても取り壊さなければならないとなると、借地人にとっての負担の大きさもさることながら、社会経済にとってもよろしくありません。
 そこで、借地人に対し、借地上の建物のために投下した資本の回収を保障するという借地人保護の観点と、いったん建築した借地上の建物をちゃんと保存させて社会的経済的効用を全うさせるという経済的観点から、借地人の建物買取請求権が、借地借家法13条により規定されている、という訳です。

(建物買取請求権)
借地借家法13条
借地権の存続期間が満了した場合において、契約の更新がないときは、借地権者は、借地権設定者に対し、建物その他借地権者が権原により土地に附属させた物を時価で買い取るべきことを請求することができる。


 この建物買取請求権は「請求権者の一方的意思表示により効力を生じる形成権」であるとされています。
 どういう意味かといいますと、借地人が建物買取請求権を行使すると、直ちに賃貸人(地主)に建物の所有権が移転するため、借地人は賃貸人に対し、建物をそのまま引渡すことで、引渡し義務を果たしたことになるのです。
 また、借地人が賃貸人(地主)に対して建物買取請求権を行使すると、借地人は、賃貸人に対する建物の代金請求権を取得します(建物の買取代金をよこせ!という権利を得るということ)。この賃貸人(地主)の代金支払義務は、買取請求と同時に、直ちに履行期に達するとされており、この代金支払義務と建物明渡義務は同時履行の関係にあるので、借地人は賃貸人から建物代金の支払いを受けるまでは、賃貸人に対する建物の引渡しを拒絶することができます(借地人は賃貸人に対し「買取代金を払うまではこの建物は明け渡さん!」と主張できるということ(同時履行の抗弁権)。

借地人の建物買取請求権は無制限に認められる訳ではない

 このように、土地賃貸借契約終了時の借地人の建物買取請求権が、借地借家法13条の規定により、正当な権利として認められている訳ですが、ここで注意点があります。
 この借地人の賃貸人(地主)に対する建物買取請求権は、無制限に認められている訳ではありません。
 建物買取請求権は、誠実な借地人を保護するための規定です。つまり、きちんとルールを守った借地人でなければ保護するに値しません。
 ですので、賃料不払いなど借地人の債務不履行や義務違反により借地契約が解除された場合は、借地人は、建物買取請求権は行使できません。
 そのようなルールを守れない借地人は保護する必要はないのです。

微妙なケース

 賃貸人(地主)と借地人の合意により土地賃貸借契約が期間の途中で終了した場合には、借地人の建物買取請求権は認められるのでしょうか?
 多くの判例では「当事者間において、特に借地人における建物買取請求を認める合意が存在しない場合、借地人が地上建物の運命まで顧慮したうえで、土地賃貸借契約の終了について合意したものと考えられるため、建物買取請求権の放棄及び建物の収去が前提とされていたと解すべきである」と考えてられています。噛み砕いてもっと簡単に言うとこういうことです。
合意して土地賃貸借契約が終了したってことは、借地人は、借地上の建物がどうなろうとも、その運命さえも織り込み済みで合意したんだろうから、建物買取請求権を放棄したのと同じじゃね?」
 したがいまして、多くの判例では、当事者同士の合意解除により土地賃貸借契約が期間の途中で終了した場合は、借地人の建物買取請求権は認められない、ということになっているのです。


 というわけで、今回は以上になります。
 宅建試験や行政書士試験や公務員試験などの民法の学習、独学、勉強、理解の助力としていただければ幸いです。
 最後までお読みいただきありがとうございます。

【定期借地&借家契約】定期借地権と定期建物賃貸借と取壊し予定の建物賃貸借と短期賃貸借とは

▼この記事でわかること
定期借地契約
定期借地権
事業用定期借地権
定期借家契約
定期建物賃貸借
取壊し予定の建物賃貸借
短期賃貸借
(上記クリックorタップでジャンプします)
 今回はこれらの事について、その内容、意味、結論、理由など、わかりやすく学習できますよう解説して参ります。
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定期借地契約

 不動産賃貸借には、契約期間の更新のないものもあります。
 それは定期借地・借家契約です。
 定期借地・借家契約は「定期」ですから、当然、法定更新もなく、期間の満了と共にその契約は終了します。

定期借地権

 定期借地契約とは、存続期間(契約期間)を50年以上に定める場合に

1、契約の更新がない
2、建物築造による存続期間の延長がない
3、建物買取請求権がない

 以上の3つの「ない」特約にすることができる借地契約です。
 定期借地権とは、定期借地契約を結んだ場合の借地権のことです。
 では、上記3つの「ない」について、ひとつひとつ解説して参ります。


1・契約の更新がない

 これは読んで字の如くで、定期借地契約の場合、更新がないので、契約期間の満了により、その土地賃貸借契約は終了します。

2・建物築造による存続期間の延長がない

 通常の土地賃貸借契約の場合、契約期間中に建物滅失などにより建物を築造(再築)した場合、借地借家法による借地期間の延長」という借地人を保護するための規定がありますが、定期借地契約の場合、その規定の適用がありません。(建物築造による存続期間の延長についての詳しい解説は「賃貸借契約の存続期間~立ち退き請求と正当事由とは」をご覧ください)。

3・建物買取請求権がない

 通常の土地賃貸借契約の場合、契約が期間満了により終了すると、借地人は賃貸人(地主)に対し、借地上の建物を買い取るよう請求することができますが、定期借地契約の場合、それはできません。(建物買取請求権についての詳しい解説は「賃貸借の終了~造作買取請求権と建物買取請求権とは」をご覧ください)。

・補足

 通常の土地賃貸借契約は諾成契約※なので、書面がなくとも当事者同士の意思表示により、法的には成立します。
 しかし、定期借地契約の特約は、公正証書等の書面で行わなければなりません。(要式契約※)(書面は公正証書でなければならない訳ではない)。
 なお、上記3つの「ない」の特約は、その旨を「定めることができる」わけであって、法律上当然に適用されるわけではありません。ですので、特約を入れずに定期借地契約を結ぶことも可能です。

※諾成契約と要式契約についての詳しい解説は「諾成・要式・要物契約~契約は口約束でも成立する?」をご覧ください。

事業用定期借地権
セブンイレブン
 これは字の通り、もっぱら事業の用に供する建物所有を目的とする、事業用の定期借地契約です(居住用は除かれます)。
 そして、事業用の定期借地契約は、定める期間により、以下の2つのパターンに分かれます。

1・借地権の存続期間が30年以上50年未満
 この場合、以下の3つの「ない」が特約になります。

・契約の更新がない
・建物築造による存続期間の延長がない
・建物買取請求権がない

 これは先述の定期借地契約と一緒ですね。
 なお、これも定期借地契約と同様、3つの「ない」の特約は、その旨を「定めることができる」わけであって、法律上当然に適用されるわけではありません。ですので、特約を入れずに存続期間30年以上50年未満の事業用定期借地契約を結ぶことも可能です。

2・借地権の存続期間が10年以上30年未満
 この場合も、先ほどと同様の以下の3つの「ない」がその特徴になります。

・契約の更新がない
・建物築造による存続期間の延長がない
・建物買取請求権がない

 そしてなんと、この3つの「ない」が、存続期間が10年以上30年未満の事業用定期借地契約の場合は、法律上当然に適用されます。
 つまり、特約の有無に関係なく、存続期間が10年以上30年未満の事業用定期借地契約を結ぶと、問答無用で3つの「ない」が適用されます。
 さらに、この「借地権の存続期間が10年以上30年未満」の事業用定期借地契約を結ぶ場合は、公正証書で行わなければなりません。公正証書とは、公証役場で作成する、公的な書面です(公正証書については別途改めてご説明いたします)。
 存続期間が10年以上30年未満の事業用定期借地契約は、通常の借地契約に比べて、かなり借地人の地位が低い内容になります。なので「借地人さん、ホンマこれでええんか?」と念を押す意味で、公正証書限定という慎重なものになっています。

定期借家契約
定期建物賃貸借

 建物の賃貸借で、定期建物賃貸借があります。
 定期建物賃貸借とは、いわゆる期間の定めのある建物賃貸借のことで、契約の更新がなく、契約期間が満了すると、そのまま賃貸借契約が終了するものです。
 そして、このような定期建物賃貸借による契約を、定期借家契約と言います。

 ちなみに、定期建物賃貸借は、一般的にもよく見かけるものです。それこそ賃貸物件を探していて、立地や設備の割には妙に家賃が安い物件があり、よ~く見てみると「定借」なんて文字があり契約の更新がない旨が記載されていて「なんだ、そういうことか」とわかってガッカリ、という経験をされた方、結構いらっしゃると思います。そうです。それはまさしく「定期建物賃貸借」の物件なのです。

定期建物賃貸借の特徴

 定期建物賃貸借による定期借家契約の場合、契約の更新がありません。よって、賃貸借契約が期間満了に終了すると、賃借人(借主)は当然に立ち退かなければなりません。
 また、契約期間については、一年未満でも設定可能です。実際にそのような短期間の定期借家の物件も、ちょいちょい見かけますよね。
 ちなみに、契約期間が一年未満の、いわゆるマンスリーマンションやウィークリーマンションも、この定期建物賃貸借にあたります。
 そして、定期借家契約は、公正証書等の書面により行わなければなりません。(要式契約)(書面は公正証書でなければならない訳ではない)

取壊し予定の建物賃貸借
古マンション
 定期建物賃貸借の中には、取壊し予定の建物賃貸借というものがあります。
 これは「建物を取り壊すこととなる時に契約が終了する」という特約を入れた定期借家契約です。
 これも、賃貸物件を探しているとたまに見かけます。古いマンションやアパートやビルをイメージしていただくと分かりやすいかなと思います。
 なんでそんな特約を入れるの?
 まず、近い将来に取壊しが決定している建物を普通に賃貸に出して借主を募集しても、中々集まりませんよね。
 だったら取り壊すことを黙って貸せばいいんじゃね?
 それはできません。もしそれをやってしまうと、今度はいわゆる「立退き問題」に発展します。
 そうなると、取壊し日が遅れるだけでなく、オーナーは、多大な立退き料を支払うことになりかねません。
 そこで「建物を取り壊すこととなる時に契約が終了する」という特約を入れた定期借家契約、すなわち「取壊し予定の建物賃貸借」にすることにより、そのような物件でも安心して賃貸に出して借主を募集することができます。
 もちろん「取壊し予定の建物賃貸借」の物件の場合は、相場よりも低家賃になります。しかし、それでもオーナーは、取り壊すまで多少なりとも家賃収入を得ることができる、というわけです。

賃貸借のオマケ~短期賃貸借

 処分につき、行為能力の制限を受けた者(制限行為能力者)、または処分の権限を有しない者(不在者財産管理人など)が賃貸借をする場合には、それぞれ以下の期間を超えることができません。(民法602条)

1、樹木の栽植又は伐採を目的とする山林の賃貸借→10年
2、上記1以外の土地の賃貸借→5年
3、建物の賃貸借→3年
4、動産の賃貸借→6ヶ月

 上記の期間までであれば、例えば、被保佐人も単独で賃貸借契約を結ぶことができます。
 これを、短期賃貸借と言います。


 というわけで、今回は以上になります。
 宅建試験や行政書士試験や公務員試験などの民法の学習、独学、勉強、理解の助力としていただければ幸いです。
 最後までお読みいただきありがとうございます。

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【転貸借(サブリース)】賃貸人は転借人に直接家賃請求できる?転貸借の建物の修繕請求は誰にする?
【転貸借における賃貸借契約の解除】家賃滞納による解除と合意解除では何が違う? /転借人への催告と契約終了時期について
【転借人が所有権取得】賃貸借も転貸借契約も混同せずに存続する理由
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【転貸借(サブリース)】賃貸人は転借人に直接家賃請求できる?転貸借の建物の修繕請求は誰にする?

▼この記事でわかること
転貸借(サブリース)の家賃
賃貸人から転借人に直接家賃請求するときの注意点
転借人は賃貸人と転貸人、ダブルに家賃支払い義務を負うのか
転借人による建物の修繕の請求
(上記クリックorタップでジャンプします)
 今回はこれらの事について、その内容、意味、結論、理由など、わかりやすく学習できますよう解説して参ります。

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転貸借(サブリース)の家賃

 転貸借とは、わかりやすく簡単に言うと「また貸し」のことです。
 まずは事例をご覧ください。

事例
BはA所有の甲建物を賃借している。その後、Bは、Aの承諾を得て、Cに甲建物を転貸した。


 これは、賃借人(借主)Bが、賃貸人(貸主・オーナー)Aの承諾を得て、適法に甲建物をCに転貸(また貸し)した、というケースです。
 このケースで、甲建物の賃貸借契約を結んでいるのはAとBです。
 はBと転貸借契約を結んでいます。
 そして、このような場合のCを「転借人」と呼びます。
 また、Bは「転貸人」になります。
 各自の立場を示すとこうなります。

(オーナー)  (賃借人)
 賃貸人    転貸人     転借人
  A        B       C
所有・貸す→借りる・貸す →借りる・使用
     ↑       ↑
   賃貸借契約   転貸借契約

 このようになります。
 少しややこしく感じるかもしれませんが、まずはここを押さえてください。
 また、このような転貸借の場合の賃貸人(オーナー)と賃借人(転貸人)が結ぶ賃貸借契約を原賃貸借契約と言ったりもします。事例だとAB間の賃貸借が原賃貸借契約ですね。要するに「その転貸借の元となっている賃貸借契約」を意味します。
 それはわかったけどさ、そもそも事例の甲建物の家賃はどうなんの?
 はい、そこ重要ですよね。事例の転貸人Bは、転借人Cに対し、家賃を請求できます。つまり、転借人Cは転貸人Bに家賃を支払うことになります。
 そして、賃貸人Aは、転貸人Bに対し家賃を請求し、転貸人Bは賃貸人Aに家賃を支払います(ここは転貸前と変わりません)。
 さて、ではこの事例で、賃貸人Aは、転借人Cに対して、直接、家賃を請求できるでしょうか?
 結論。賃貸人Aは、転貸借Cに対して直接、家賃を請求できます。つまり、オーナーから転借人に対して直接、家賃を請求することも可能ということです。
 根拠となる民法の条文はこちらです。

(転貸の効果)
613条
賃借人が適法に賃借物を転貸したときは、転借人は、賃貸人と賃借人との間の賃貸借に基づく賃借人の債務の範囲を限度として、賃貸人に対して転貸借に基づく債務を直接履行する義務を負う。この場合においては、賃料の前払をもって賃貸人に対抗することができない。


 本来なら、(オーナーの)賃貸人Aと転借人Cは契約関係ではないので、AC間に権利義務関係も発生しないのですが、上記の民法613条により「転借人は~賃貸人に対して転貸借に基づく債務を直接履行する義務を負う」として、(オーナーの)賃貸人Aは転借人Cに対して、直接に家賃を請求できることになります。
 なお、(オーナーの)賃貸人Aが転借人Cに直接に家賃を請求しても、賃貸人A(オーナー)と転貸人B(賃借人)の賃貸借契約には何の影響もありません。
 したがいまして、従来どおり、賃貸人Aは転貸人Bに家賃を請求できます。
マンション
【補足1:サブリース】
 巷で「サブリース」と言われているのは、この転貸借のことです。
 サブリースでよくあるのが、事業者がマンションやアパートを一棟まるごと借りて、一室ずつ個人の客に賃貸する、というパターンです。これは、そのマンションやアパートのオーナーから事業者が一棟まるごと賃借して、個人の客に転貸しているということです。
 したがって、その場合に「賃貸借契約」を結んでいるのは、オーナーとサブリース事業者です。サブリース事業者と客が結ぶ契約「転貸借契約」になります。
 そして、客はサブリース事業者に家賃を払い、サブリース事業者はオーナーに家賃を払います。
 なお、サブリースにおけるオーナーとサブリース事業者が結ぶ賃貸借契約特定賃貸借契約、またはマスターリース契約と言います。

【補足2:オーナー向けのサブリース提案】
 よく、マンションやアパートの経営者(オーナー)向けのサブリースの提案がありますよね。
 これは一体どういうことなのかといいますと、要するに、サブリース事業者がオーナー所有のマンションやアパートを賃借して、一定の家賃収入をオーナーに保証した上で(たとえ空室が生じても、サブリース事業者からオーナーへ、約束した一定の家賃が支払われるということ)客に転貸することにより、オーナーは空室による家賃収入減少のリスクを回避することができる、というわけです。
 これだけ聞くと、オーナーにとって良いことづくめのように思われますよね。しかし、実はこれにも落とし穴があります。
 この問題についての詳細はここでは割愛しますが「かぼちゃの馬車」事件はニュースで見て覚えている方も少なくないと思います(ご存知ない方は「かぼちゃの馬車」でググってみてください)。
 とりあえず、覚えておいていただきたいのは「オーナー向けのサブリース提案にもリスクがある」ということです。
 この問題につきましては、また機会を改めてお話できればと存じます。

賃貸人から転借人に直接家賃請求するときの注意点

 さて、再び事例に戻りますが、今一度、関係図を確認します。

(オーナー)  (賃借人)
 賃貸人    転貸人     転借人
  A        B       C
所有・貸す→借りる・貸す →借りる・使用
     ↑       ↑
   賃貸借契約   転貸借契約

 転借人Cは転貸人Bに家賃を払い、転貸人Bは賃貸人Aに家賃を払のが基本ですが、民法613条の規定により、転借人は賃貸人に直接の義務を負うので、賃貸人Aから転借人Cに対して、直接に家賃を請求することもできます。(つまりサブリースの場合、サブリース会社をすっ飛ばしてオーナーから直接、入居中の人へ家賃を請求することもできるということ)
 ここまでは、すでに解説したとおりですが、ここで注意点があります。
 賃貸(オーナー)が転借人に対して直接、家賃を請求する場合、請求できる家賃(金額)は、賃貸借契約で定められた賃料と転貸借契約で定められた賃料の、低い方の家賃です。
 これはどういう意味かというと、例えば、事例の賃貸人Aと転貸人Bの賃貸借契約で定められたAB間の家賃が10万円で、転貸人Bと転借人Cの転貸借契約で定められた家賃が8万円だとしましょう。つまりこうです。

(オーナー)  (賃借人)
 賃貸人    転貸人     転借人
  A        B       C
所有・貸す→借りる・貸す →借りる・使用
     ↑       ↑
   賃貸借契約   転貸借契約
   家賃10万円   家賃8万円

 この場合に、賃貸人Aから転借人Cに直接、家賃を請求するとき請求できる金額の上限は8万円になります。
 なぜなら、転借人Cの負っている賃料債務は8万円だからです。転借人Cが負っている賃料債務を超えた金額を請求することはできません。

 また、今度は逆に、賃貸人Aと転貸人Bの賃貸借契約で定められたAB間の家賃が8万円で、転貸人Bと転借人Cの転貸借契約で定められた家賃が10万円だとしましょう。

(オーナー)  (賃借人)
 賃貸人    転貸人     転借人
  A        B       C
所有・貸す→借りる・貸す →借りる・使用
     ↑       ↑
   賃貸借契約   転貸借契約
    家賃8万円   家賃10万円

 この場合も、賃貸人Aから転借人Cに直接、家賃を請求するとき請求できる金額の上限は8万円になります。
 なぜなら、賃貸人Aが持っている賃料債権の金額が8万円だからです。賃料債権を超えた金額を請求することはできません。
 つまり、賃貸人(オーナー)から転借人に直接、家賃を請求する場合でも、転借人(債務者)の賃料債務を超えた金額を請求することはできず、また、賃貸人(債権者)の賃料債権を超えた金額を請求することもできない、ということです。
 したがって、結果的に「賃貸借契約で定められた家賃」と「転貸借契約で定められた家賃」の低い方の金額しか請求できないのです。

転借人は賃貸人と転貸人、ダブルに家賃支払い義務を負うのか
?女性
 もちろん、転借人はダブルの支払い義務を負うわけではありません。
 もし、すでに転貸人に家賃を支払っているのに、賃貸人(オーナー)から家賃を請求されたら「すでに支払い済みです」と主張すればいいのです。
 しかし、民法613条には気になる一文があります。それは「賃料の前払をもって賃貸人に対抗することができない」という箇所です。
 これは何を意味しているのかと言いますと、例えば、転貸借契約の家賃の支払い期日が月末だったとして、転借人は転貸人に対して20日に家賃を支払っていたとします。それなのに月末に、賃貸人(オーナ)から転借人に家賃の支払い請求があった場合、転借人は「すでに支払い済みです」と拒むことができない、ということです。
 それヤバくね?
 ヤバいですよね。ではこのようなときに、転借人は一体どうすればいいのか?このようなときは、一旦、賃貸人に対して家賃を支払った上で、転貸人に対し、支払い済みの家賃の返還請求をすることになります。
 めんどくさ!
 ですよね。そもそも、なぜそんな事が起こってしまったのか?真っ先に考えられる原因は「転貸人が賃貸人(オーナー)にちゃんと家賃を払っていない」ですね。だから、転借人に対して賃貸人(オーナー)から直接請求が来たという訳です。他にも考えられる原因はありますが、いずれにしても、賃貸人(オーナー)・転貸人(賃借人)での家賃の管理がうまくできていない事は間違いなさそうです。
 つまり、これも転貸借・サブリース物件におけるリスクの一つと言えます。

建物の修繕の請求

(オーナー)  (賃借人)
 賃貸人    転貸人     転借人
  A        B       C
所有・貸す→借りる・貸す →借りる・使用
     ↑       ↑
   賃貸借契約   転貸借契約

 さて、今度はこの事例で、甲建物に水漏れが生じた場合に、転借人Cは、賃貸人(オーナー)Aに対して、甲建物の修繕を請求できるでしょうか?
 結論。転借人Cは賃貸人Aに対して、甲建物の修繕の請求はできません。
 
なぜなら、賃貸人Aと転借人Cは、契約関係にないからです。
 転借人Cと契約関係にあるのは、転貸借契約を結んでいる転貸人Bです。賃貸人(オーナー)Aと契約関係にあるのは、あくまで、賃貸借契約を結んでいる転貸人(賃借人)Bです。
 じゃあ転借人Cは誰に修繕の請求をすればいいの?
 転借人Cが甲建物の修繕を請求する相手は、転貸人Bになります。
 転貸人Bは、転借人Cと転貸借契約を結んでいる以上、転借人Cに対して家賃を請求する権利を持つと同時に、甲建物を使用収益させる義務も負います。
 したがいまして、転借人Cは、転貸人Bに対して、甲建物の修繕を請求する権利があるのです。

転借人に修繕を請求された転貸人

 では、転借人Cから甲建物の修繕を請求された転貸人Bは、自らその修繕を行わなければならないのでしょうか?
 この場合、転貸人Bは、賃貸人Aに修繕を請求することになります。実務上は、転借人Cから修繕を要求する連絡を受けた転貸人Bが、甲建物の管理会社に修繕を要求する連絡をする、という流れになると思われます。ただ、賃貸人(オーナー)が、賃借人に、転貸の承諾を与える際に「このような場合はこのように」という内容を転貸借契約に盛り込むことで、現実にはこの辺の流れはケースバイケースになると考えられます。

 基本的に、賃貸借契約と転貸借契約は別個に存在している、と考えるので、賃貸人(オーナー)と転借人の間には、権利義務関係はありません。
 不法行為等でもない限り、契約関係にない者同士に、債権債務関係は生じません。未婚の者同士が浮気をしても、不倫関係にはなりませんよね(?)。スミマセン。例えが意味不明ですね(笑)。
 話を戻します。ということなので、むしろ「転借人は~賃貸人に対して転貸借に基づく債務を直接履行する義務を負う」として、賃貸人(オーナー)から転借人に直接、家賃を請求できる、という民法613条の規定による請求の方が、特殊だと考えた方が理解しやすいのではないでしょうか。

 というわけで、今回は以上になります。
 宅建試験や行政書士試験や公務員試験などの民法の学習、独学、勉強、理解の助力としていただければ幸いです。
 最後までお読みいただきありがとうございます。

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Author:根本総合行政書士
東京都行政書士会所属
根本総合行政書士です。
宜しくお願いします。

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行政書士、宅地建物取引士、賃貸不動産経営管理士、個人情報保護士、情報セキュリティマネジメント、マイナンバー実務検定1級

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