過失相殺 責任能力と事理弁識能力

 今回は、不法行為の過失相殺における、事理弁識能力についてご説明して参りたいと思います。

事例5
小学三年生のBは道路に急に飛び出した。スピード違反でバイクに乗っていたAは避けきれずにBにぶつかり怪我を負わせた。


 さてこの事例5で、スピード違反という過失のあるAの不法行為が成立し、BはAの不法行為責任を追及して損害賠償の請求ができます。ここまでは何の問題もないですよね。しかしこの場合、Aはきっとこう主張するはずです。
「確かにオレにはスピード違反という過失がある。そしてBに怪我を負わせた。たがBにも急に飛び出してきたという過失があるじゃないか!だから過失相殺が認められるはずだ!」
 この主張は、決してAの往生際が悪い訳ではなく、正当なものです。という訳で、さっさとますは結論を申し上げます。事例5において、裁判所が過失相殺をすることは可能です(任意相殺)。裁判所が過失相殺することは可能ということは、事案ごとに判断されるということです。いずれにせよ、事例5では、過失相殺される可能性はあるということになります。実際にAの主張が認められるかどうかは、事案を検証して裁判所が決めるということです。
 え?てゆーかそもそも小学三年生のBには責任能力がないから過失も認められないんじゃないの?
 ごもっともな指摘です。しかし、過失相殺において被害者側に問われる能力は、不法行為が成立するための責任能力ではなく、事理を弁識する程度でよいとされています。この事理弁識能力は、小学校入学程度で認められます。従いまして、小学三年生のBには事理弁識能力が認められ、Bに事理弁識能力が認められるということは過失も認められるので過失相殺の可能性があるということになるのです。

事例6
3歳児のBは道路に急に飛び出した。スピード違反でバイクに乗っていたAは避けきれずにBにぶつかり怪我を負わせた。


 この事例6の場合、過失相殺はどうなるでしょうか?
 結論。この場合はBの過失が認められず、過失相殺は認められません。なぜなら、3歳児のBには事理弁識能力がないからです。
 事理弁識能力、おわかりになりましたよね。

事例7
親権者の不注意により3歳児のBは道路に急に飛び出した。スピード違反でバイクに乗っていたAは避けきれずにBにぶつかり、怪我を負わせた。


 この事例7の場合は、Bの親権者の過失があります。このときは、Bの親権者の過失が被害者側の過失として過失相殺の対象になります。

事例8
保育士の不注意により3歳児のBは道路に急に飛び出した。スピード違反でバイクに乗っていたAは避けきれずにBにぶつかり、怪我を負わせた。


 この事例8の場合、保育士の過失は被害者側の過失とは認められず、過失相殺の対象にはなりません。被害者側の過失とは、被害者と身分上ないし生活関係上一体をなすとみられるような関係にある者の過失、とされています。保育士はそれに当てはまらないのです。また、もし保育士の過失が被害者側の過失と認められてしまうと、子供の親が困ってしまいます。なぜなら、保育士の過失によって損害賠償の金額が減ってしまうからです。ただ自分の子供に怪我を負わされた親としては「そんなのたまったもんじゃない」となる訳です。

 それでは最後に、責任能力と事理弁識能力について簡単にまとめます。

責任能力12歳程度で、事理弁識能力小学校入学程度不法行為責任が生じるには責任能力が必要で、過失相殺の対象となる被害者の過失として認められるには事理弁識能力で足りる

 このようになります。この違い、お気をつけ下さい。
 次回もまた別の事例を用いて、不法行為について解説します。
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被害者の家族と胎児の損害賠償請求権 全部露出説と停止条件説

事例9
AはBの過失により大怪我を負った。AにはCという妻がいる。


 またざっくりとした事例でスイマセン(笑)。この場合、AがBに損害賠償の請求ができるのは不法行為責任の基本ですが、被害者のAの配偶者であるCが、加害者のBに損害賠償の請求ができるでしょうか?
 結論。被害者のAの配偶者であるCに財産上の損害が生じたとき、Cは加害者のBに対し、Aの分とは別に配偶者自身の損害賠償の請求ができます。Cに財産上の損害があれば、CはCとして、Bに対し損害賠償の請求ができるということです。
 ん?財産上の損害ってことは、財産以外の損害、つまり慰謝料の請求はできないの?
 これがちょっと微妙な問題なんです。条文では次のように規定されています。

(近親者に対する損害の賠償)
民法711条
他人の生命を侵害した者は、被害者の父母、配偶者及び子に対しては、その財産権が侵害されなかった場合においても、損害の賠償をしなければならない。

 この条文を見る限りでは、被害者のAの配偶者であるCには、慰謝料の請求は認められなそうです。なぜなら、Aの生命の侵害はない、つまりAが死亡した訳ではないからです。しかし!判例ではこの「生命の侵害」をもう少し幅広く捉え、「死亡の場合に比肩し得る精神上の損害」にも、慰謝料の請求を認めています(顔面に大怪我を負った子供の母親に慰謝料請求権を認めたという判例がある)。したがって、配偶者Cの、加害者Bへの慰謝料の請求は、認められる可能性はあります。
 さらに付け加えて申し上げておきますと、判例では「父母、配偶者及び子」という部分も、もう少し幅広く解釈しております(死亡した被害者の同居の妹に、妹自身の慰謝料請求権を認めた。妹は死亡した兄の介護を受けていた)。

胎児の損害賠償請求権

 ところで、人間はいつ権利能力を取得するのでしょうか?いきなり哲学的な話をする訳ではありませんよ(笑)。実は、この問題の結論が、不法行為の問題にも絡んでくるのです。例えば、まだ母親のお腹の中にいる胎児Aが産まれる以前に、父親が他人の不法行為で死亡したとき、母親は加害者に対する損害賠償請求権を得ます。ここまでは当然の話ですよね。そして実は、胎児Aも加害者に対する損害賠償請求権を得ます。

権利能力の始期

 民法上の人間の権利能力の始期は、出生とされています。つまり「おぎゃー」とこの世に生きて産まれてきた時に、権利能力を取得するのです。もっと厳密に言うと、母親の体から赤ん坊の全身が出てきた時に、その赤ん坊は権利能力を取得します(これを全部露出説といいます。ちなみに刑法では体の一部が出てきた時に権利能力を取得するという一部露出説を取ります)。そして、死亡した時が権利能力の終期です。
 ん?じゃあ胎児が損害賠償請求権を得るっておかしくね?
 確かに矛盾していますよね。民法では以下の3つの権利については、例外的に胎児でも取得するとしています。

・不法行為に基づく損害賠償請求権
・相続※
・遺贈※

※相続と遺贈については家族法分野で詳しく解説いたしますのでここでは割愛します。

 さらに申し上げますと、厳密には上記3つの権利も、胎児の時にはいわば仮のような状態で、この世に出生した瞬間に正式に取得するとしており、これを停止条件説といいます。つまり「この世に生きて産まれてくること」が条件となり、その条件が満たされた瞬間に権利能力を取得するということです。一方、胎児の時からも正式に権利能力を取得して、もし死産になった時は権利能力は失われる、とする解除条件説という考えもありますが、判例は停止条件説を取ります(民事)。
 停止条件説ってややこしくね?
 確かにややこしいですよね。ではなぜ、判例が停止条件説を取るのかといいますと、胎児の時から正式に権利能力を取得するという解除条件説だと、胎児の代理人が成り立ってしまうからです。代理人が成り立ってしまうということは、胎児の損害賠償請求権を、胎児が生きて産まれてくる前に代理人が行使できてしまいます。したがって、解除条件説だと、胎児の権利を奪いかねないのです。なので、理屈としてはややこしいですが、判例は停止条件説を取るのです。

 という訳で、今回は以上になります。次回は、不法行為の使用者責任について解説して参ります。
 尚、後半に停止条件と解除条件という言葉が出てきましたが、民法における条件というものについては、別途改めてご説明いたします。
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不法行為の使用者責任の超基本

事例10
AはBの過失により起こった交通事故で大怪我を負った。Bは甲タクシー会社の運転手で、Bが運転するタクシーがBの過失が原因で起こした交通事故によりAが被害を被ったのだった。


 さて、この事例10で、被害者のAは加害者のBに対し、不法行為責任を追及して損害賠償の請求ができるのは当然ですね。さらに、Aができることはそれだけではありません。AはBの勤める甲タクシー会社にも損害賠償の請求ができます。これが今回のテーマである使用者責任です。
 使用者とは、簡単に言うと雇い主のことです。つまり、使用者責任というのは雇い主の責任です。事例10で言えば、Bの使用者は甲タクシー会社で、甲タクシー会社はBが業務上行ったことについて責任を負います。これが使用者責任です。
 従いまして、Bが業務上に起こした損害についての責任は、Bの使用者である甲タクシー会社も、使用者責任として負うことになります。ですので、Aは甲タクシー会社に対しても損害賠償の請求ができるのです。

使用者に対して損害賠償の請求ができるメリット

 てゆーかフツーにBに直接損害賠償の請求すればよくね?
 もちろん、加害者本人に直接損害賠償の請求をしても全然かまいません。しかし、もし加害者本人に資力がなかったら、つまり、加害者本人に損害を賠償できるだけのお金がなかったらどうしましょう?そうなると、被害者としては困ってしまいます。しかし、使用者はどうでしょう。普通に考えて、少なくとも加害者個人よりかは資力があるはずです。すると、被害者としては使用者に損害賠償請求をした方が、賠償金の回収はより確かなものになるのです。
 ただし!使用者責任を追求する場合には注意点があります。

(使用者等の責任)
民法715条
ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2項 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3項 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。

 上記の条文が、使用者責任についての民法の規定になります。ここで注意しなければならないポイントが「事業の執行について」という部分です。「事業の執行」とは「業務上」ということです。つまり、使用者責任はあくまで業務上で起こした損害についての責任を負うわけであって、例えば、事例10のBが休日中に自家用車で事故を起こした際の損害は、甲タクシー会社は使用者責任を負いません。なぜなら、Bが休日中に自家用車で起こした事故と甲タクシー会社の事業の執行とは何の関係もないからです。ですので、不法行為の被害者が加害者の勤め先に対し、使用者責任に基づいた損害賠償請求が認められるためには、加害者の不法行為が事業の執行の中で行われたと認められなくてはなりません。
 さて、そうなると今度は、こんな問題が生じます。
 一体どこからどこまでが事業の執行なのか?
 という訳で次回、その問題についてご説明して参ります。加えて、損害賠償請求をされた使用者が主張できることはなにか?についても、あわせて解説して参りたいと存じます。
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行政書士、宅地建物取引士、賃貸不動産経営管理士、個人情報保護士、情報セキュリティマネジメント、マイナンバー実務検定1級

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